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引き際の美学を体現した名経営者・本田宗一郎が涙した瞬間とは

【連載】「あの名言の裏側」 第1回 本田宗一郎編(4/4)進取の精神と引き際 本田氏の考える進取の気質の重要性と老いたる者の引き際

明日のことを言うやつは
バカだというけれど
そうじゃない。
明日の約束をしないやつに
希望はわいてこないんです。
  本田宗一郎
 

本田技研工業(ホンダ)の創業者である、本田宗一郎氏<1906(明治39)年~ 1991(平成3)年>。明治、大正、昭和、平成という4つの時代を生き抜き、日本の発展に大きく貢献した偉大な経営者のひとり。“生涯、一技術者”の姿勢を貫きとおした、人情肌で自由奔放な、進取の気質にとんだ熱血漢だが、ときには、部下にパワハラまがいの鉄拳制裁も辞さなかった。(写真/時事)

大企業の「社長人事」にまつわるゴタゴタが顕在化する昨今。
加速度的なスピードで変わり行く時代のなかで、引き際をどう考えるべきなのか。「明日」をどう捉えるのか。日本を代表する名物経営者であった本田宗一郎氏の「言葉」はそのヒントを授けてくれます。


・失敗を恐れていては何も始まらない

 1956年1月、ホンダ社報に同社の社是が掲載されました。そこに添えられた「わが社の運営方針」の第一条にはこうあります。

常に夢と若さを保つこと

 いつでも明日に目を向けて、挑戦を厭わず、瑞々しく柔軟な感性を大事にしながら、少しずつでもよいから絶えず成長を重ねていく……そんな本田氏の矜持が、そしてホンダという企業体の精神が、何気ないこの一文に集約されているように思えます。

 作家の城山三郎氏が、本田氏に100時間の密着取材を行い、とりまとめた『本田宗一郎との100時間』という一冊に、このような発言があります。

明日のことを言うやつはバカだというけれどそうじゃない。明日の約束をしないやつに希望はわいてこないんです。
 

 本田氏は、常に「明日」に目を向けていた人物であり、「明日」のために挑戦しようとしない姿勢を徹底して嫌いました。あれやこれやと理由をあげつらって守りに入ろうとする人間、失敗やダメ出しされることを恐れてやる前から腰が引けているような人間に対しては、「やってみもせんで!」と激しく檄を飛ばしたといいます。

 周囲からすれば、困惑したりすることも少なくなかったようです。明らかに危機的な状況なのに、「どうしてこんなにも自信家でいられるのか」と理解に苦しむ場合もあったでしょう。外から見ているぶんには痛快な本田氏の生き様も、関係者からすれば折々で悩みのタネだったであろうことは、容易に想像できます。

 本田氏の一見、傲慢にすら思えるような自信家っぷりや、無邪気なまでのポジティブさの本質がうかがい知れる発言があります。『本田宗一郎からの手紙』という本に登場する「失敗することを恐れているきみへ」という文章の一節です。

 やはり、実地に「見たり」「聞いたり」「試したり」がいちばんいい。試して失敗して、「俺はどうして失敗したんだろう」ということで考え、その理由に気づいたときがいちばん身にしみるんだ。
(中略)
 失敗するのがこわいんだったら、仕事をしないのがいちばんだ。きみたちが定年で会社をやめるときには、「みなさんのおかげで大禍なくすごすことができました」というような、バカな挨拶をせんでもらいたいな。昔、殿様につかえた家老の自己滅却の生き方だよ、それは。
 和気あいあいの中で「お前はいろいろ失敗もしたが、だけど、こんな大きな仕事もしたじゃないか」といってもらえるような生き方。これが、充実した人生だと思う。
 

 本田氏のことをある一面から見れば「やはり、頑固でワガママな、ブラック企業のワンマン社長じゃないか」なんて思う向きもいるかもしれません。しかし、それは大きな勘違いだと、筆者は考えます。本田氏は決して「従順な社畜になれ。我欲を捨て、自分を殺し、ただただ会社のためだけに尽くせ」と言っているわけではないのです。むしろ、実際はその逆でしょう。波風を立てないよう、こじんまりと過ごす生き方はつまらない。現状に甘んじることなく、何事にも貪欲に挑んで、失敗したとしてもそこから学び、次に活かしていく。そうした姿勢をストイックに自分に課していたからこそ、周囲にもその姿勢を期待していた、と捉えるのが正しいのではないでしょうか。

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漆原 直行

うるしばらなおゆき




1972年東京都生まれ。編集者・記者、ビジネス書ウォッチャー。大学在学中より若手サラリーマン向け週刊誌、情報誌などでライター業に従事。ビジネス誌やパソコン誌などの編集部を経て、現在はフリーランス。書籍の構成、ビジネスコミックのシナリオなども手がける。著書に『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』、『読書で賢く生きる。』(山本一郎氏、中川淳一郎氏と共著)、『COMIX 家族でできる 7つの習慣』(シナリオ担当。伊原直司名義)ほか。

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