競争力が急速に拡大しているなか、日本の水ビジネスは遅れを取っている。だが、日本の水のクオリティーは世界の国々と比べても高水準であり、世界も注目している。『日本の「水」が危ない』六辻彰二 著より

【戦国時代の水市場】

 

 世界の水市場において「未開拓地」日本への関心をさらに強める動機づけとして、水メジャー(世界の水ビジネスを仕切っている巨大企業たちのことを指す)自身の事情がある。水メジャーは少しでも市場を拡大したい、せっぱ詰まった状態にあるのだ。

 なぜ、水メジャーはせっぱ詰まっているのか。その最大の理由は、世界市場における水メジャーのシェアが縮小していることにある。三井物産戦略研究所の調査によると、世界の水市場のうち上下水道事業に限ってみたとき、ヴェオリアとスエズの二大メジャーのシェアは2000年代初頭には約40%あったが、2010年代初頭までに25%程度にまで下落した。

 

 水メジャーのシェア縮小と入れ替わりのように勢力を拡大しているのが、新興水メジャーとも呼べる開発途上国の巨大企業だ。その多くは基本的に本国での水道事業を中心に行っているが、特に中国やブラジルなど市場規模の大きい新興国でローカルな巨大企業が給水人口を増やすことは、伝統的な水メジャーにとって大きな脅威となっている。そのうえ、新興水メジャーのなかには海外市場に参入する企業も増えており、これも伝統的な水メジャーのシェア縮小に結びついている。新興水メジャーについては、次節で詳しく取り上げる。

 ただし、伝統的な水メジャーがかつての大きな存在感を衰えさせたのは、新興水メジャーという強力なライバルの出現だけが理由ではない。2008年のリーマンショックとその後のヨーロッパ債務危機で、水メジャーの収益性が大きく損なわれたことは、これに拍車をかけた。

 日本総研の調査によると、企業の自己資本に対する当期純利益の割合、つまり元手に照らして1年間でどれだけ稼いだかを表す自己資本利益率(ROE)でみて、ヴェオリアは2007年に27・85%だったが、2008年に12・89%にまで急落し、その後2011年にはマイナス6・55%にまで落ち込んだ。ヴェオリアほどでないにせよ、スエズも2007年に13・68%だったROEを、2011年には6・64%にまで下落させた。その結果、ヴェオリアとスエズの売上高の合計は、2008年には2・5兆円だったが、2012年には2・1兆円と大幅な減収となった。

 リーマンショック以前、世界的なカネ余りのもと、ヴェオリアやスエズだけでなく欧米の伝統的な水メジャーの多くは、社会的信用を武器に借り入れを増やし、投資を拡大させていた。しかし、リーマンショック後の収益性の悪化は、水メジャーの多くを財務体質の改善に向かわせた。その結果、「選択と集中」に基づいて事業が整理され、利益の薄い案件からの撤退が相次いだことは、新興水メジャーがシェアを拡大する一因になった。

 水市場がいわば戦国時代に突入するなか、伝統的な水メジャーはこれまで以上に優良市場を求めている。言い換えると、長期的な投資で利益を回収する息の長いプロジェクトより、短期間で利益を回収できる案件を優先しやすくなっている水メジャーにとって、成熟した水道システムがあり、その経営が民間事業者の中心的な業務になるとみられる日本市場は、有望な進出先の一つになっているのである。