◆ニートの息子43 歳、年金の大半を与え続ける70代夫婦
 (男性43歳/ひきこもり歴11年)

 このケースは、ひきこもり本人ではなく、まず親に対して意識を変えてもらうことからスタートした例です。来談者は70代のご夫婦。一軒家を持っていましたが、おふたりは有料老人ホームで暮らさざるを得ない状況でした。
 なぜなら、その一軒家で同居していた43歳の働かない息子から暴力を受け続けていたからです。
 退職金と貯蓄を使い、いたしかたなくホームに入所したのだといいます。そのせいで貯蓄はほぼなくなりました
 元の一軒家に住んでいる息子のGさんは、ひきこもってから11年が経ちます。息子のGさんの生活費は、親の年金のみ。母親が月に一度、一軒家の住まいのポストに年金の大半を入れます。毎月のそのやりとりだけが親子間の唯一の間接的接触でした。息子には怖くて会えません。Gさんもまた親には会おうとしませんでした。
 ある日、母親がお金をポストに入れようとした際、近隣の人から呼び止められ、母親は激しく苦情を言われます。
 息子Gさんは、ゴミを指定日に捨てるというルールを守らないだけではなく、生ゴミをゴミ袋に入れず、そのままゴミ捨て場に投げ捨てているというのです。そして最近では家の中からもゴミの臭いが漂ってくるようになり、非常に迷惑していると——。
 苦情を言われ、そのまま帰るわけにもいきません。母親は恐る恐るGさんのいる家の中へと入っていきました。
 そこはゴミ屋敷以外の何ものでもなく、床には雑誌、漫画、ゲームの空箱、生ゴミ、空のコンビニ弁当が散乱しており、中には息子が自分で切ったと思われる〝髪〟が束になって落ちていました。風呂場にまでゴミがひろがっており、黒ずんだ壁面の様子から見ても、少なくとも2~3年は使っていないだろうということは容易に想像できました。

 ◆就職氷河期で「就職難民」になってしまった息子

 なぜ、こうまでなってしまったのでしょうか。
 父親は、Gさんが高校の時から単身赴任で海外にいました。Gさんの就職活動の時はまったく相談に乗ってあげられなかったことに責任を感じ、罪悪感を拭ぬぐいきれずにいたそうです。最初は口を利かなかった父親でしたが、僕との個人セッションを重ねることよって徐々に明らかになっていきました。
 息子のGさんは「アラフォークライシス」と呼ばれる就職氷河期の年代。Gさんは就職難民の末、どこの会社にも入ることができず、自暴自棄になり、ひきこもってしまったというのです。

 

  父親は「あの時は時代が悪くて」とか、「何もしてあげられなかったから」と過去の話と自らの罪悪感を言うばかりで、解決策を見出そうという気配がありません。
「息子は働こうと思えばいつでも働ける」、「やればできるヤツだから」などと言い、
「とにかくウチの家はまったく問題ない状態だ」と、相談にきているにもかかわらず、あれこれと屁理屈を口にしていました。
  現実から目をそむけ、何も問題は起こっていないのだと主張する矛盾行為です。読者の方は、このケースはさぞかし不思議なことと思われるかもしれません。しかし、ひきこもりの方を抱えた家族の心理は、実際にはこのような思考状態に陥ってしまっていることが多々あるのです。

 ◎◎ひきこもりからの脱却:吉濱セッション◎◎

 ◆「ソーシャルストーリー」の作成 

 このご夫婦は「息子を一軒家から追い出すべき」ということは、本当は心の奥底ではわかっていたはずです。
 僕は意識下に追いやってしまっている心理を現実の意識へと変えるためにご夫婦に敢えて言いました。
「その〝罪悪感〟は子どものことを案じているからではない。親自身の自己防衛である。それは傲慢である」と。そして、現在のひきこもり状態、収入ゼロ状態、ゴミ屋敷生活を続けることによって、いずれ息子に降りかかってくる生活破綻の方が、どれほど大きな罪を招くことになるのかと。
 ご夫婦には、「ソーシャルストーリー」を作成していただきました。
 ソーシャルストーリーとは、発達障害の人(特に発達障害の子ども)が世の中のルールを認識したり、コミュニケーション方法を知るためによく用いられる方法です。
 このケースでは両親に対してのソーシャルストーリーを作成してもらうわけですから、現在の状況が続いていくと、未来の自分たち(親たち)、そして未来の息子がどんな状況に置かれるのか―というストーリーを書いてもらいました(正規の方法ではなく吉濱のオリジナルが大きく入っています)。
 「現在の状況が続く」→「年金を使い続ける」→「息子が働かない」→「収入がないまま年齢を重ねる」→「いずれ自分たち(親)は死ぬ」→「息子には年金の当てがなくなり収入はゼロ」
 漠然と不安に陥っているのではなく、言葉・文章にすることで明確化させるのが目的です。そしてその文章を声に出して読んでもらいます。かなり酷な荒療治ですが、ご両親は思考停止状態になっているために、このソーシャルストーリーの作成とその朗読は必要でした。
 目的は、息子さんのひきこもりからの脱出です。そのためには親の意識が変わらなければその先には進めない。
 脳はラクをしようとするものです。
 Gさんの母親は、月に一度、生活費を息子に届けるという習慣を続けていました。父親も解決策を見つけるより、現実を見ないようにしていました。
 それはご本人たちの怠慢というよりは脳の習性です。いったん、慣習化されれば、その状態が脳にとっては心地よくなってしまうのです。
 こうして両親の意識改革が終わった後、息子のGさんを強制的に家から出しました。
 家賃5万円のアパートの礼金・敷金は親が出し、2か月分の生活費としてギリギリの20万円を渡しました。その後はGさんが自力でなんとか生活していかなければならない環境に追い込んだのです。
 その2か月間で一軒家を売り払う準備も前もって済ませておいてもらいました。
  追い出す際は、Gさんに暴力のきっかけを与えないようにするため、両親には5人の親戚(兄弟と甥)の力を借りて臨むように指示を出しました。
 そして以後は何があっても助けないこと。
 両親には強固な姿勢を崩さないようにお願いしました。
 念のためにお伝えしますが、このケースは非常にハードなケースであり、ご両親の心には「息子からの暴力」という恐怖が加わっているため、「ひきこもりの我が子を家から追い出す」という手段を取る際の一連のプロセスでは、細かく、緻密に、慎重に進められています。

 ◆社会人としての働く「環境づくり」

 読者の方の中には、成人になってまで家庭内暴力を起こすような子どもを追い出してしまったならば、その後、その人が世間に対してよからぬ行動をするのではないか、追い出すのは無責任ではないか、と思われる方もいることと思います。
 しかし僕には確信がありました。
 僕は息子のGさんと二度の接見をしていますが、外見はだらしなく不潔な状態だったのですが、会話の内容についての外ヅラは非常によかったのです。
 もちろん屁理屈ばかりを並べ立てていましたが、ヒアリングしていけばいくほど、彼はよい言い方をすれば繊細、悪く言えば器の小さい劣等感のかたまりです。
 一軒家を追い出される前のことですが、僕の個人セッションにくるようにと彼に名刺を渡しておいたところ、追い出されて2か月後(恐らく生活費がなくなってきた頃)に僕の元を訪れてきました。
 今でも月に1回の個人セッションの約束日には必ずやってきます。
 自分の屁理屈が僕には通用しないことがわかり、まず僕の提供する「食事療法」と「行動療法」を受け入れました。
 僕が作ったGさん用のオリジナルメニューは、基本的に糖質制限をした「ローカーボ」の食事です。
 その通りに摂取できているかどうかをチェックするために、毎日スマホで撮影したものを僕に送信してもらいます。
「行動療法」では、昼夜逆転してしまった体内リズムを戻すことからはじめました。
起床時間を1日15分ずつ早める」。Gさんの場合はまずはそこからです。たったそれだけで体内時計がセットアップされ、社会人としての「働く」環境づくりができました。
 Gさんはまだまだ会社勤めはできていないですが、今年中にはアルバイトができるくらいまでにはなると思っています。
  結局、Gさんは自分自身をモニタリングして、しっかりと向き合い、自分の取り扱い方がわかったことで、小さくても確かな一歩を踏み出せたと思います。きっとGさんには、新しい出会いと体験が訪れ、今までにない「喜び」として押し寄せることになるでしょう。
(『今ひきこもりの君へおくる踏み出す勇気』)より