レギュラー放送が終了した後も、幅広い世代の人から支持されている番組『水曜どうでしょう』(北海道テレビ放送)。出演する俳優陣と同じように人気を誇っていたのが、カメラを担当していた嬉野雅道さんです。withnews が2018年4月、#withyou の企画を始めた時に、真っ先にツイッターで反応してくださったのが嬉野さんでした。連続ツイートで綴られていたのは、高揚感と不安感。嬉野さんが送ってくれたツイートにさらに加筆したメッセージを紹介します。
※2018年4月に掲載された記事のため、春に関する記載があります。
『生きづらさを抱えるきみへ』withnews編集部/KKベストセラーズ より

『水曜どうでしょう』ディレクターが語る
「自分の人生の主導権を握ろう」

 

 みなさん。春になりました。
 嬉野です。

 今年は桜の開花が全国的に早かったようですね。
 春は異動の季節です。
 転勤、転校、新入学、新社会人。
 若い人らは希望に満ちて期待に胸を膨らませている時期でしょうか。

 でも、そんな時って同時にとても厄介なときです。

 なぜなら、期待に胸を膨らませているときってのは、気づかないうちに他人に心を開いて、自分の柔らかい部分を世間に晒してしまっているときですから、心がそんなに無防備なら指先でつねられただけでも痛いでしょう。

 そんならうっかり誰かにつねられたらもうびっくりして、その反動で直ちに心を閉ざし必要以上に周囲の人間が怖くなって、まるでよろい戸を閉ざしたアルマジロのような心になってしまうでしょうね。そうなれば心はとうぶん開くどころか自分の部屋からだって出て来られなくなってしまう、なんてこともそりゃあふつうにあるでしょうよ。

 春なのにさ。

 ぼくだってそうです。

 知らない人たちばかりの中にひとりで入っていくのは億おっ劫くうです。それはこの先、幾つになっても変わらず億劫だなぁと思うことでありましょうよ。

 ぼくは、どちらかといえば毎日判で押したように変わらない日々を過ごしていたいと考える者ですから、転勤、転校どころか、席替えだってして欲しくない。不変で穏やかな場所が担保されて初めて、ぼくはいろんなチャレンジができるのですから。

 植物だって穏やかな春が訪れたと思えばこそ花を咲かせるのです。油断して咲いたあとに寒の戻りがあって不意に冷たい風が意地悪に花びらを散らそうとしても、もう冬は去ったと思えればこそ負けじと咲いていられるのです。それはこの地球という星に判で押したように順番の変わらない季節の移ろいというものが担保されていればこそです。

 でも、そんな穏やかさが担保されないままチャレンジばかりを求められるようなら、それはまるで不安定な根無し草の人生を強いられるようで侘わびしくてたまらず、この星に生を受けた者が辿たどる「生きるという仕事」は何ひとつ上手くいかないだろうなと思います。

 人間は、なるべくなら、自分が何者であるかなんて何も説明しなくても了解してくれる、そんな人たちがいる場所で生きているほうが幸福なのです。

 そして人はそんな幸福な心のときに「いい仕事をするものなのだ」ということも、ぼくはもう知っています。

「あいつ誰?」「何者?」
 そんな冷ややかで無慈悲な目を無自覚に向けてくるほど、社会は余所者に対して不寛容です。

 でも、同時に社会というものは、恐れることもない場所であるということもまた、忘れてはならない事実です。

 というのも、この社会を構成する全ての人は間違いなく、ぼくやあなたのように、怯えた心という同じ心境を根っこに持って生きているからです。

 どんなに余所者に冷ややかで不寛容な人だって、異動でどこか知らない社会にひとりで入っていくはめになって余所者になってしまったら、その瞬間から彼もまた同じ心境になるのです。そうです、条件さえ整えば誰の心にだって「怯えた心」は姿を現すのです。そこには、例外はないという事実を忘れてはならないのです。

 おそらく人は、根っこのところに怯える心があるから他人に攻撃をしかけるのです。

 怯える心がその根から汲く み上げられてくるから、自分より分かりやすく怯えている他人を見つけると好んで攻撃をしかけもするのです。だって誰かを攻撃してさえいれば自分が怯える者だという現実は自覚しなくて済みますからね。