鶴見線の鶴見駅

 久しぶりに取材のためJR鶴見線を訪れた。もっとも、猛暑と体調がよくなかったので、午前中2時間ほどかけて、さらっと流すように見て回っただけだった。
 まずは、鶴見駅から。京浜東北線のホームから鶴見線ホームへと向かう。エスカレータを上り、通路を右に向かうと正面に鶴見線乗り場がある。ただし、中間改札があり、ICカード乗車券Suicaをタッチして鶴見線ホームに入る。鶴見線の各駅は無人駅なので、ここでしっかりチェックしておこうというわけだ。改札機に数字が出ていたけれど、引き落とし額は0だった。鶴見線の駅で下車するときに、きちんと引き落としされるはずである。
 鶴見線ホームは、京浜東北線ホームに比べると一段高いところにあり、線路は全くつながっていない。1934年の開業時には鶴見臨港鉄道という私鉄だったから、省線電車(当時)の京浜東北線と乗り場が分かれているのは、その名残である。鶴見線の3番線と4番線の線路は、コの字形のホームで囲まれていて、小さいながらも終着駅の雰囲気に満ちている。ドームで覆われているのもヨーロッパのターミナル駅を彷彿とさせる。
 ちょうど朝のラッシュアワーが終ったあとで、電車はすべて3番線から発着していた。やってきた電車は3両編成の弁天橋行き。3駅目が終点なので、乗客は少なかった。

本山停留場跡

 鶴見駅を発車すると、高架線上を進む。すぐに、上下線の間にホームがあるところを通過する。廃墟みたいだが、ここは80年ほど前に廃止された本山(ほんざん)停留場跡だ。本山とは目の前にある曹洞宗大本山總持寺のことで参拝の便を図って造られたのだが、鶴見駅からあまりにも近かったので、戦時中に不要不急施設とされ廃止されたのである。それにしても今なお遺跡のように残っているのには驚いてしまう。
 左にカーブしつつ京浜東北線、東海道本線、貨物線、それに京浜急行線を一気に跨ぐ。渡り終わると最初の駅国道に到着。この駅の取材は後回しにするため今は下車しない。鶴見川を渡り、地平に降りると鶴見小野駅。ホームの古風な上屋は今どき珍しい。しかし、こうした古びた施設は鶴見線各駅に残っていて、鶴見線を巡っていると見慣れてくる。

弁天橋駅出入口
鶴見線らしい貨車のある風景

 線路に沿って、もはや使われなくなった貨物線の雑草に埋もれた線路が見える。その向こうは木々が植えられ、工場地帯とは言え緑が多いように感じる。左手に鶴見線の電車の寝ぐらとなる車両基地が見え、そのあたりから減速すると弁天橋駅に到着する。この電車は、ここが終点なので降りなくてはならない。次の電車が来るまで20分あるので、途中下車することにした。島式ホームは、バリアフリー用のスロープをのぞくと半世紀以上前から変わっていないようだ。都心のJRの路線ではほぼ無くなった構内踏切が健在で、線路を跨ぎ、改札口でSuicaをタッチして外に出る。この駅は趣ある三角屋根の駅舎があったのだが、しばらく来ないうちに駅舎は姿を消し、洒落た屋根付きの通路が設けられ、隣接した大手企業の出入口まで続いている。用がない人はそちらに行けないので、左手に出ると、噴水のある公園があった。屋根付きの円形のベンチでは休んでいる人が一人だけいた。誰でも利用できるようだが、人が少ないので静かに時間が流れていく。

武蔵白石駅、右に分かれるのは大川支線

 ホームに戻ると、次の電車は扇町行きだった。終点まで行くと3分で折り返さなくてはならない。それを止めてのんびりしようとすると扇町に発着する電車は1時間40分後までない。慌ただしく折り返すのも嫌なので、3つ先の武蔵白石駅で降りてみることにした。この駅では降りたことがなかったので、ちょうどよい。それと、かつてあった大川支線用のホーム跡がどうなっているか、気になっていたので、それを実況見分してみようとも考えたのである。
 ジェット燃料を横田基地へ輸送するタンク車の列を見ていると安善駅を過ぎ、電車は武蔵白石駅に向かう。運転台後ろから見ていると、大川駅へ向かう電車が、一旦は上り線に入り、そこから右へ曲がって行く様子が見えた。武蔵白石駅で降りて、分岐付近の踏切を渡ってみようと思ったら、そこは工場への専用道となっていて通行禁止だった。再び、Suicaをタッチして構内に入り、上りホームへ行ってみた。大川行きの線路は急カーブとなっていて、現行の20m車では旧ホームに接触してしまうのでホームは撤去したのだ。草に埋もれていてホーム跡はよく分からない。いくら電車は夕方まで来ないからと言って無断で線路内に入ることはできない。ちょっと残念だったが、16分後の鶴見行きの折返し電車で武蔵白石駅を後にした。

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