1994年の松本サリン事件などで無期懲役が確定したオウム真理教の元古参幹部、中村昇受刑者と15年間、対話を重ねてきたカウンセラーの中谷友香さん。手紙や面会での交流の様子を初めて著書『幻想の√5 なぜ私はオウム受刑者の身元引受人になったのか』(KKベストセラーズ)にまとめ、刊行したのが今年の5月。それから2カ月が経ち、林泰男、早川紀代秀はじめとしたオウム死刑囚たちの死刑執行から1年が経過した。教団とは無関係に、手弁当で償いを支援してきた彼女は、後悔の念を深め、償いの日々を送る中村受刑者との交流はいまも続いている。今回、そんな著者中谷さんにインタビューし、いまの中村受刑者の様子などを聞いた。インタビュー第2回を公開。

「そうか、もう彼はいないんだ」

 

―死刑執行から1年が経ったことを、中谷さんご自身はどのように受け止めていますか。

 こんなことを言ったら情けないんですけど、「彼らがこの世にいない」という現実を受け入れたくない気持ちが、やっぱりあるんです。

 今月は死刑執行から1年ということで、テレビや雑誌で事件や死刑囚のことが頻繁に取り上げられていますよね。

 たとえば、番組内で彼らの遺品が紹介される。「遺品」としっかり言っているわけですから、「そうか、もう彼はいないんだ」と受け入れていかざるを得ないですよね。

 もう1年も経っているし、『幻想の√5』を書いているときにもとんでもない産みの苦しみがあったのに。彼らからもらった手紙を読み返すと、つい昨日のことのように感じてきてしまいます。

 

―それでも、彼らの死を受け入れるのには十分でなかったんですね

 執行されるまで、死刑確定後は連絡は厳しく制限されていましたが、でも折につけて、たとえば「これ、早川(紀代秀)さんだったら絶対こう言うだろうな」とか、いろいろ想像できたわけですよ。

 もちろん、今でも「生きてたらこうだろうな」とは思えるけれど、生きているのと死んでいるのでは、全然違う。

 だけど同時に、そもそも彼らこそが、事件の被害者遺族の方々からしたら大切な旦那さんや娘さんを奪い、そういう思いをさせている張本人だという現実があるわけです。

 だから、本当に最悪で、悲惨な宗教的事件だと改めて感じました。

 

■加害者でもあり、被害者でもある

―彼ら「オウム事件の犯人」たちは、加害者であると同時に被害者でもあったわけですよね。

 オウム事件を考える際は、やはり全体のテーマとして、「加害者が同一線上で被害者でもある」ことを避けては通れません。

 オウムの人間が「オウムを産み出したのは日本社会なのに」とか言う声を聞くと、「お前がそれを言うな!」となりがちですが、それでも完全に間違いだとは言い切れない。「社会の中から出てきた」という言い方をするのなら、どんな犯罪でもそうなのでしょうが、当事者が話すと言い訳に聞こえてしまいます。

「加害者と被害者の両義性」みたいな小難しい言葉を使って分かった気になっても、具体的にピンと来ません。

 そうではなく、「加害者であり、被害者でもある」人たちは、実際にどう出会い、どんな会話をしたのか。そして、その関係がどう成立したのか。それは一言で表せるような簡単なことではないから、読んだ人それぞれに感じてもらいたかったんです。

「いじめ」「パワハラ」「DV」など、より身近な場面にも、これと同じ構造・テーマが潜んでいます。この本に描いた内容も、そのモチーフの1つだと捉えてもらえるのではないでしょうか。

 

―読者それぞれが、それぞれの捉え方をすればいい。

 だから『幻想の√5』の中ではあえて、彼らを「いい人」のように、客観的に評してはいません。

 本に描かれた彼らを「いい人」と思うのか、「馬鹿」と思うのか。それは読んだ人の自由ですよね。

 同じく、「オウムに行った人は純粋で良い人」という、ある種自分たち「普通の人」から遠ざけるような言い方がよくされますけれど、私はそういう定義づけをしませんでした。

 そうではなくて、「実際に会って、こういうやりとりをしました」という事実を、淡々と書き連ねた。はじめに私自身の生い立ちも書きましたが、それは読んだ人それぞれに、「事件」という非日常の世界が、今ある日常の延長線に存在していることを感じてもらうための補助線なんです。