■言葉がカルマを解毒する

―それもあってか、『幻想の√5』に収録されている、死刑執行後に始まった中谷さんとの対話でも、だいぶ具合が悪そうな様子でしたね。

 そうですね。それ以前から難病に苦しんできましたが、特にあの当時は、本にも書いたように枯れ木のようでした。

 でも、どうやらいまは小康状態のようで、先日もらった手紙では「7、8年ぶりに5キロほど体重が増えて、腹筋を50回した」と書いてきたんですよ。それを読んでホッとしました。それでも、まだ下血は続いているようですが……。頻繁に面会に行くと元気になるということもあるかもしれませんが、やはり、この本への協力を通じて、ずっと外に出せなかった自分の考え、被害者に対する想いや、自分のしてしまったことへの反省を言葉にできたことが、彼にとって大きいと思うんです。

 

―話すことで気持ちは楽になりますよね。

 まだ全てを言い切ったわけではないとは思います。でも、自分の話をカットされずに聞いてもらえた。そして、これまで自分の名前を出しての発言を拒んできたのを、ちゃんと名前を出して発言した。

「再発防止と贖罪の気持ち」を、彼は「中村昇」として生まれてはじめて、主体的に社会に向けて発言したのです。

 麻原はよく「カルマの浄化」などと言っていたようですが、オウムにいるときにはカルマ・悪行を積み上げるだけでしたね。その積み上げた悪業に対して、率直に話すことが一種の解毒になったのかもしれません。

 

■「東拘学園」の仲間として

―中谷さんにとって、オウム事件の死刑囚たちはどんな存在でしたか。

 彼らが拘置所にいたころ、皆互いによく文通をしていましたが、ときに私はその間に入って、愚痴を聞くこともありました。私は中村君たちと世代も近いですし、本の中で東京拘置所を「東拘学園」と表現しましたが、東拘時代を共に過ごした仲間という意識があるんです。真剣に罪と向かい合う彼らに私も向かい合い、そして共に命について真剣に考えた東拘時代でした。

 被害者の方々に対する贖罪の気持ちと向かい合うこと、そして元死刑囚の言葉を借りれば「本番(死刑執行当日)」をどのような心境で迎えるか?ということも、彼らの課題であった思います。

 

いかにして死を迎えるか?

 

―『幻想の√5』に書いた他に、なにか印象に残っているやり取りはありますか。

 林泰男さんからは、あるサマナ(信者)が面会に来た時のやり取りについてハガキに愚痴を書いてきたこともありました。そのサマナは林さんに、なんと「僕は事件に関わって、中に入っている人達と同じ立場になりたかったです」と言ったそうなんです。「まぁ、どうせ口先だけで、そんなこと言ってるだけのサマナなんだけれどもネ。オウムには、この手の口先だけの人間が非常に多かったです。(中略)私も、そんなに人の事をとやかく言えた義理ではないけれど、この期に及んでまだこんな事を言うサマナがいるのを知って、ちょっと呆れて…というよりも悲しいですね。」と書かれていました。

 殺人を犯して収監されて、死刑を求刑されている相手に、「同じ立場になりたかった」だなんて無神経ですよね。もちろん林さん自身が元オウムですから、その情けなさを含めての愚痴ですね。

 でもそれを元信者本人には言えないし、マスコミにも言えない。でも私が相手なら「ああ、分かるー」みたいな感じに聞いてもらえる。「あんただってオウムだっただろう、何様だ」みたいなことを改めて言わない、お互いに気心の知れてる,一種の内輪のような関係だったわけです。

 私が心掛けてきたことは、彼らの率直な声をとにかく傾聴すること。そして彼らの声なき声を「汲む」ということです。

 

―学生時代の友だちのような関係ですね

 元オウムの人たちの間には、きっとオウム時代の仲間意識もあるんでしょうけれど、私は私で、東拘時代の仲間のひとりだ、という意識があるんです。

 死刑囚にとって、オウムにいた期間よりも収監されていた期間の方がはるかに長かったわけですから。私が頻繁に交流できたのは死刑が確定するまでの数年でしたけれども。それでも真剣に、同じ人間として彼らに向かい合ってきました。また「死刑」そして「執行当日」をどのように迎えるかということについて、何度も話してきました。

 

―『幻想の√5』では、「オウム事件の犯人」という立場から離れた、まるでそこらへんを歩いていそうな、彼らの自然な表情が描かれていますね。

 彼らとの交流は林泰男さんから始まりました。でも、その間に立った元オウム信者に私のあることないことをペラペラ喋られて、林さんには、面会当初から同情されてましたからね。まだオウムバッシングも酷かった時代です。彼らにとっても私にとっても極めて稀な出会いだったと思います。その辺りは『幻想の√5』に詳しく書きましたが、なにしろ彼らとはそういう出会い方だったので、「オウムの○○さん」という向き合い方ではなく、自然な流れでずっと、ペンフレンド…今で言うメル友のような関係で来たんです。

 その意味では、面と向かって「書きますよ」と言って話を聞いたのは、今回が初めてです。

『身元引受人』とか『友だち』という立場から一歩離れ、『オウム事件の犯人である中村昇』というスタンスを意識して彼と向き合ったのは、今回の執筆でのやり取りが初めてだったかもしれません。

 その覚悟は中村君も同じで、だからこちらから根掘り葉掘り聞かなくても、かなりの部分、中村君のほうから事件や教団の事情に関する話題を切り出してくれました。

(第2回へつづく)