政治家や官僚たちの不適切な発言や不正問題が明らかとなり、閉塞感が続く日本の政治——。憲政史上最長が見えてきた安倍首相。政治家・安倍晋三がここまで「強い」理由はどこにあるのか? また、安倍政権のどこが問題なのか?  書籍『「安倍晋三」大研究』(望月衣塑子&特別取材班・佐々木芳郎 著)より、政治家・安倍晋三を考えます。
© Yoshiro Sasaki 2019

 福田派と安倍派の番記者として、安倍晋太郎氏とも親しく、官房長時代から安倍晋三氏を単独インタビュー。安倍家の内情に詳しい、首相の乳母・ウメさんにも取材。安倍氏の評伝三冊を上梓している政治ジャーナリスト・野上忠興氏に彼の人物像を訊いた。

安倍家の乳母・久保ウメさんとの出会い

ーー野上さんが著した三冊の安倍首相の評伝本には、幼少期から議員になるまでのプライベートなエピソードが盛りだくさんで、安倍首相本人をはじめ親族、学友、恩師、政治家など幅広く取材した著書は、〈安倍首相の過去〉を知るための〈バイブル〉として、数多くの書籍に引用され、参考文献とされていますね。

野上忠興(以下、野上)  安倍さんが官房副長官から自民党幹事長に就く直前の2003年前半頃からスタートした取材のタイミングが、良かったということでしょうね。出世街道まっしぐらでしたが、まさか三年後に総理・総裁に上り詰めるとは本人は無論、取材協力者の皆さんですら思ってもいなかったはずです。

ーー 忌憚なく、思い浮かんだままの〈実像〉を明かしてくれたということですね。

野上 言えますね。手もとにある貴重な音声データに基く記録ファイルは、段ボール箱に詰め切れないほどになりました。特に、政治活動で不在がちの両親に代わって、安倍さんの乳母兼養育係を担った久保ウメさんからの聞き取り取材を繰り返しできたことが、大きかったですね。ウメさんを〈一点突破〉に、その後の〈全面展開〉へと繋げることができましたからね。 

ーー当時、ウメさんは何歳でしたか。

野上 77歳でしたが、会うたびに小柄な身体をしゃきっとさせて、遠い過去の幼少期からの逸話や岸・安倍両家にまつわる秘話を詳細に明かす、その記憶力に驚きもしました。「安倍さんの本を書くなら岸・安倍両家を知り尽くす生き字引的存在のウメさん抜きには、無理ですよ」という安倍家関係者のアドバイスは、そのとおりでした。そのウメさんも、数年前に鬼籍に入っていますが。

ーーウメさんは、「いつか、私が経験したことをまとめてみたいと思っていました」と話したそうですね。

野上 記憶力が確かなうちに、自分の見聞きした貴重なものを本にして残しておきたかったのでしょうね。生涯独身を通し岸・安倍両家に尽くしきったわけですから、メモリー=自分史の一つとして〈生きた証し〉にしたかったのではないでしょうか。

晋太郎さんと幼なじみのウメさんが安倍家へ

ーーウメさんが岸・安倍両家とかかわりを持った経緯は?

野上 ウメさんは安倍家と同じ山口県油谷町の出身です。晋太郎さんの父・寛さんにも可愛がられたうえ、晋太郎さんとは小学校が一緒で、幼友達でもあったんですね。一時、東京・麹町の祖父の家で暮らすのですが、戦争激化に伴い地元に疎開、山口県立深川女学校に通います。ここで、岸信介元首相の長男・信和さんの妻となる仲子さん(元衆院議員田辺譲の次女)と同窓だったことが縁で両家に仕えることになっていくのです。

ーーよく信和さん、仲子さん、ウメさんと三人でお酒を飲んだりしたとか……。

野上 その頃、地元企業の宇部興産に勤めていた信和さんが東京転勤となり、ウメさんは仲子さんとは離れてしまうことになります。そこへ、仲子さんから「田舎にいてもしょうがないでしょ」との誘いが入り、再度上京することにしたのです。

ーーそれほど仲が良かったんですね。いつ頃の話ですか?

野上 1956年12月頃ですね。ちょうど、岸さんが七票差で自民党総裁選に逆転負けした年で、そこから石橋湛山内閣で外相を務め、その石橋さんが就任直後に病に倒れたため、翌年には首相に就くという岸家にとって〈激動の時期〉でした。

ーー安倍首相が二歳の頃?

野上 そうですね。ウメさんが「シンチャンが、ヨチヨチ歩きを始めた頃だった」と述懐していましたから。上京後、ウメさんは証券会社で働いていましたが、アフターファイブや休日には「時間を持てあましていた」とか。そこで、仲子さんが「あなた筆も立つし、どう、岸の仕事を手伝わない」と声をかけたことが、「人生の分かれ道」(ウメさん)となりました。当初は、南平台にあった岸邸に通っていたのですが、すぐに、住み込むようになりました。

ーーウメさんが何歳ぐらいのときでしたか。

野上 「31(歳)ぐらいだった」と言っていました。陳情書類整理などの事務的な雑務をバリバリとこなすウメさんは、達筆だったこともあって岸さんの代わりに色紙に揮き毫ごうし、「内閣総理大臣 岸信介」と署名したそうです。「私が代筆した岸の揮毫色紙を、いまだに大切にしている人がいる、と聞くとなんか胸が痛むわね」とか苦笑しながら話してくれたことを思い出します。

シンチャンの宿題をウメさんが代筆

ーー安倍首相の祖父、安倍寛を取り上げ『安倍三代』(朝日新聞出版)を書き上げたノンフィクションライターの青木理さんは若き日の安倍晋三を評して「恐ろしくつまらない男だった」とし、「悪人でもなければ、稀代の策略家でもなければ、根っからの右派思想の持ち主でもない。むしろ極めて凡庸で、なんの変哲もなく、可もなく不可もなく、あえて評するなら、ごくごく育ちのいいお坊ちゃまにすぎなかった」と述べています。今回「なぜ安倍さんは〈嘘〉をつくのか」という漠然とした疑問からこの本の企画をスタートしたのですが、何か思いつくことがありますか。

野上 そう聞くと、ウメさんの明かした一つのエピソードが改めて思い浮かびますね。小学校低学年時、夏休みが終わりに近づくたびにウメさんが「シンチャン、宿題は済ませたの」と聞くと、「うん、やったよ」と決まって返事をするんですね。実際は「やったよ」は〈嘘〉で、ウメさんが、わざと左手で作文とかの宿題を代筆してことなきを得る繰り返しだった̶̶と述懐していました。ウメさんによれば、毎回「駄目じゃない」と言っても、シンチャンは「わかった」と悪びれもせず、平然としていたそうですが。

望月衣塑子 (もちづき・いそこ)

東京新聞記者。1975年、東京都出身。慶應 義塾大学法学部卒。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。2004年、 日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし自民党と医療業界の利権構造を暴く。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。著書 に『武器輸出と日本企業』、『新聞記者』(ともに角川新書)、『追及力』( 光文社新書 )、『THE 独裁者 国難を呼ぶ男 ! 安倍晋三』(KK ベストセラーズ)『権力と新聞の大問題』『安倍政治 100のファクトチェック』(ともに集英社 新書)など。

特別取材班  佐々木芳郎(ささき・よしろう)

写真家・編集者。1959 年生まれ。関西大学商学部中退。 在学中に独立。元日本写真家協会会員。梅田コマ劇場専 属カメラマンを皮切りに、マガジンハウス特約カメラマ ン、『FRIDAY』(講談社)専属契約、『週刊文春』(文藝 春秋社)特派写真記者、『Emma』(前同)専属契約を経 て、現在は米朝事務所専属カメラマン。アイドルからローマ法王までの人物撮影取材や書籍・雑誌の企画・編集・ 執筆・撮影をしている。立花隆氏との共著『インディオの聖像』(講談社)は 30 年のときを経て制作予定。