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内田樹氏に訊く! 「政治家の資質と立法府の空洞化」

民主主義と安倍政権 思想家・内田樹氏に訊く!「安倍晋三はなぜ、“噓”をつくのか?」 

政治家や官僚たちの不適切な発言や不正問題が明らかとなり、閉塞感が続く日本の政治——。憲政史上最長が見えてきた安倍首相。政治家・安倍晋三がここまで「強い」理由はどこにあるのか? また、安倍政権のどこが問題なのか?
書籍『「安倍晋三」大研究』(望月衣塑子&特別取材班・佐々木芳郎 著)より、政治家・安倍晋三を考えます。

政治家の質が変わった

© Yoshiro Sasaki 2019

――政治家の質が、どうも変わってしまった気がします。良くない方向に、です。かつての自民党の歴代政権は党派間の争いもありましたし、いま思えば、右も左も取り込んだ政治をやっていたのではないでしょうか。当時といまでは選挙区制が変わったということも影響していると思いますが、どう思われますか?

内田 選挙区制の問題ももちろんあるでしょうけれど、それ以上に政治家の資質の問題だと思います。政治家を育てるシステムがすっかり変質してしまった。今は政党が自前の「養殖場」で政治家を純粋培養しています。隔離された場所で育成されたせいで、いまの若い政治家たちは政党を超えた人脈ネットワークを持っていません。だから、政党間のネゴシエーションができなくなってしまった。これが立法府が空洞化している主因の一つだと思います。

 僕の前妻の父は平野三郎という人でした。自民党の国会議員を5期務めて、そのあと県知事になった政治家ですが、学生時代は非合法の日本共産党の中央委員でした。特高に逮捕されて、ひどい拷問を受けました。召集されて、七年間中国大陸で戦って、帰ってきてから自民党の国会議員になった。戦前はマルクスボーイ、戦後は自民党というような経歴の人は他にもいました。その岳父の叔父は平野力三といって、片山哲内閣のときに農林大臣だった政治家ですが、戦前は皇道会という右派団体を率いていた。

 岳父は学生時代にコミュニストで、長じて自民党の議員になった。それは政治的な振れ幅が大きかったということではないと思うんです。もともと「貧しい人たちと連帯して、社会正義を実現する」という同じような動機で政治に志したけれど、それを実現するための政治思想や政治組織の選択が違っていたということだったと思うんです。だから、その頃の政治家たちは、違う政党に旧知の友人がいるということが別に珍しくなかった。

 今の自民党にはそういう人がまずいないでしょう。JC出身で政治家になった、日本会議から出て政治家になった、タレントやスポーツ選手で知名度が高いので一本釣りされた……そういう政治家ばかりです。違う政党にも人間的に信頼できる知己を持っているというような人はまず執行部に候補者としては選択されない。

 かつては、政治的な立場は違うけれど、人間としては信頼できるということがありました。福島みずほさんは野中広務と後藤田正晴に対しては深い敬意を抱いていました。仙谷由人さんは「評価する政治家は誰ですか?」と僕が質問したときに、少し考えてから「森喜朗と山崎拓」と答えました。僕はこういうのが政党政治としては健全だと思います。政治的立場は違うが、個人的には話が通じる。さっき申し上げたように、合意形成というのは「みんなが同じくらいに不満な解」が落としどころになるわけですが、そのようなデリケートなやりとりは「個人的に話ができる」政治家同士でしかできない。そういう他党と
もネゴシエーションできる政治家がどんどん少なくなっている。

「政党」オーディションで選ばれた政治家

――政党にとっても、国民が支持する魅力的な政治家がいないことは、大きな問題のはずですよね。

内田 党営選挙という仕組みが良くないんだと思います。政治的実力のない人間であっても、政党の「オーディション」に受かると、政党が丸抱えで選挙をしてくれる。でも、そうやって議員になった人たちは、自分ひとりの実力では議席を得られない人たちです。だから、引き続き議員の職にありたいと思ったら、党執行部に対しては逆らうことができない。執行部のほうも、指示に従って動いてくれるイエスマンが一番使い勝手がいいわけですから、そういうイエスマンを優先的に候補者として選び出すようになる。

 なまじ地域に堅牢な支持基盤があり、政党のてこ入れがなくても当選できるような議員では執行部としては困るわけです。だから、地元でそれなりの業績をこつこつと積み上げて人望の高い人物が、まわりに推されて国会議員になるというケースがほとんど見られなくなった。そんな人はうっかりすると執行部に逆らって、独自の判断で政府の政策に異論を立てたりしかねないから。

 ですから、僕は国会議員が全員どこかの政党に属しているということはあまり健全ではないと思います。基本政策の一致する無所属議員たちが集まって、ゆるやかな組織を形成するということはあっていいと思います。戦後最初の参院の最大党派は緑風会でしたが、これは無所属議員たちの集まりでした。ゆるやかな綱領しか持たず、党議拘束をかけなかったので、同一の法案について緑風会議員が賛否に分かれることもありました。参院の政党系列化によって、緑風会そのものは六〇年代なかばには消滅しましたけれど、自立した個人が会派を形成して、それぞれの見識を懸けて国会で議論をするということはあってよいことだと僕は思います。できたら、せめて参院だけは、政党系列化されない議員たちをもっと送り込みたいと思います。

「借り」を回収できる豪腕政治家

――政治家に必要な資質とは何かについては、人によって随分、さまざまな意見がありそうです。内田先生が「凄い政治家」と認められているのは、誰ですか?

内田 「凄い」というような形容ができる政治家は今の世界には見当たりませんね。僕が評価している一人は、カナダのジャスティン・トルドー首相です。軍事力でも経済力でも、決して大きくない国でありながら、国際社会に対してあれだけ斬新で明確なメッセージを発信できる力はたいしたものだと思います。

 軍事力や経済力を背景にして自分の主張をごり押しする政治家はいます。ドナルド・トランプも習近平もウラジーミル・プーチンもそういう「押しの強い」政治家です。でも、「凄い」政治家ではない。

「凄い」政治家というのは、恫喝や利益誘導によってではなく、「頼むよ」の一言で、利害の異なる同盟国や、場合によって敵対的な国からさえ譲歩や妥協を引き出せる政治家のことです。どうしてそういうことができるかというと、その前の段階で、「貸し」を作っているからです。自分の側が譲歩してもそれほど懐が痛まず、相手にはたいへん「いいこと」があるような、損得が非対称的な外交的イシューについては、とりあえず自分の方が先に譲って、「貸し」を作っておく。この「貸し」をずっと帳面につけておいて、ここ一番というときに、「全額回収」にかかることができる政治家が、僕は「凄い政治家」だと
思います。

 よく「剛腕政治家」という形容がされますけれど、交渉相手から、ふつうなら引き出せないような大幅の譲歩を引き出せる政治家のことです。あれは別に暴力的に恫喝しているわけではないし、札びらで頬を叩いているわけでもない。彼らはたぶん「言いたかないけど、これまでずいぶん面倒みてきたよね」と言ってるんだと思います。これまでことあるごとに便宜をはかってきた相手から「断るわけにはゆかないタイプの借り」を回収することによって、普通ならありえないような譲歩や変節を引き出す。

アイゼンハウワーと田中角栄

――――たとえば?

内田 僕はアメリカの軍人で政治家のドワイト・デビット・アイゼンハウワー(1890〜1969、第34代大統領)は「剛腕政治家」なんじゃないかと思っているんです。アイゼンハウアーの軍歴は奇妙なんです。1920年代の終わりから一六年間少佐のままなんです。同期がみんな出世してゆくのを指を咥えて眺めながら、将軍たちの補佐官とか副官を黙々と勤めている。でも、第二次世界大戦が始まってからはすごい勢いで昇進する。開戦時は中佐でしたけれど、四一年に大佐になり、四四年には大将にまで昇進して、ノルマンディー上陸作戦のときには連合軍の最高司令官になった。五年間で中佐から元帥にま
で累進した。これはアメリカ陸軍の出世スピード記録だそうです。

 どうしてこんな記録的な出世が可能だったのか。もちろん卓越した交渉能力があったからです。英国のチャーチル首相やフランスのシャルル・ド・ゴール大統領といった食えない政治家たちとタフな交渉をし、パットン将軍やモントゴメリー将軍といった個性的な軍人たちを巧みにコントロールし、スターリンやジューコフ将軍とさえ直談判した。

 アイゼンハウアーはおそらく合意形成能力が卓越していたのだと思います。プレイヤーの手持ちのカードを見て、さっと「全員が同じくらいに不満足な解」を提案することができた。たぶんそうだと思います。アイゼンハウアーが「アメリカ・ファースト」というようなことを言っていたら誰もついてこなかったでしょう。

 おそらくアイゼンハウアーは軍歴停滞期に、陸軍内部だけでなく、政府部内の各所から「何か頼まれたらにこやかに応じる」ということをしてこつこつと将来の準備をしていたんじゃないかと僕は想像しているんです。「陸軍のアイゼンハウアーというのは話のわかる奴だよ。あいつに頼むと、だいたいのことは何とかなる」というような評価を一六年間にわたって蓄積してきた。だから、職位が上がった時に「アイゼンハウアーに頼まれると断れないんだよね」という軍人や官僚が政府部内の要路にいた。だから、「剛腕」の連合軍最高司令官として活躍できたんじゃないかなと勝手に想像してるんです。

――年代にかかわらず、日本の政治家で、凄いなと思われる人は、どなたですか? 

内田 最近の政治家では、福田康夫さんが好きでしたね。官房長官時代から、記者会見を面白く見てました。記者の質問に面白い切り返しをしていたことが印象的でした。

――2008年に福田康夫首相が辞任会見で、記者から「会見が他人事に聞こえる」と指摘されて、「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と答え、話題になりましたよね。「あなたとは違うんです」のフレーズを皆が使い、Tシャツなどにもプリントされました。福田氏は、国会議員になる前の1980年代半ばに、米国にある国立公文書館(NARA)に刺激を受け、正しい情報を入手することが民主主義の原点だとして、日本での公文書管理に尽力した首相の一人ですが、森友疑惑の最中に、「国家の記録を残すということは、国家の歴史を残すということ。そのときの政治に都合の悪いところは記録に残さないとか、本当にその害は大きい」「後世に対する悪い影響を残すだけ」と、暗に安倍政権の公文書への対応を痛烈に批判していました。いまの日本の政治家ではどうでしょうか。

内田 剛腕政治家といえば、やはり田中角栄でしょうね。僕の友だちの話ですけれど、新潟出身で、学生時代に過激派だった青年たちが、卒業したあと就職先がないということで、親に連れられて角栄さんのところへ就活に行ったことがあるんだそうです。事情を聴いた角栄さんは「若者は革命をやろうというぐらいの気骨がないと」と笑って、職を世話してくれたそうです。当然、彼らはその後越山会青年部の中核となり、田中角栄に生涯にわたって忠義を尽くした……と。たいしたもんだと思います。

 自分と政治的立場がまったく違う人間でも懐に抱え込める。別に、角栄さんの方には「こいつをいつか利用してやろう」というような計算はなかったと思いますよ。ただ、「助けを求めて来た人間がいたら、手を貸す」ということを習慣的にやっていた。だから、あちこちに「貸し」があった。その中には回収できたものもあるし、回収できなかったものもある。でも、トータルでは回収率は高かったんじゃないかと思います。

 いまの時代の政治家は自分の掲げるアジェンダに「賛成か反対か」ではっきりと敵味方を切り分けますよね。「排除します」という言葉を吐いた政治家がいましたけれど、この人は味方になれる条件を吊り上げることで自分の支配力や求心力を高めようとした。でも、本来、政治組織の領袖に求められる資質はその逆でしょう。味方であるためのハードルを下げることで、ふつうなら味方になってくれそうもない人たちを味方に引き込む。そうじゃないと、「ここ一番」というところでみんながあっと驚くような力業は使えません。そんな度量のある剛腕政治家がほんとうにいなくなったと思います。

『「安倍晋三」大研究』(望月衣塑子&特別取材班・佐々木芳郎 著、KKベストセラーズ)より

望月衣塑子 (もちづき・いそこ)
東京新聞記者。1975年、東京都出身。慶應 義塾大学法学部卒。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。2004年、 日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし自民党と医療業界の利権構造を暴く。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。著書 に『武器輸出と日本企業』、『新聞記者』(ともに角川新書)、『追及力』( 光文社新書 )、『THE 独裁者 国難を呼ぶ男 ! 安倍晋三』(KK ベストセラーズ)『権力と新聞の大問題』『安倍政治 100のファクトチェック』(ともに集英社 新書)など。
特別取材班  佐々木芳郎(ささき・よしろう)
写真家・編集者。1959 年生まれ。関西大学商学部中退。 在学中に独立。元日本写真家協会会員。梅田コマ劇場専 属カメラマンを皮切りに、マガジンハウス特約カメラマ ン、『FRIDAY』(講談社)専属契約、『週刊文春』(文藝 春秋社)特派写真記者、『Emma』(前同)専属契約を経 て、現在は米朝事務所専属カメラマン。アイドルからローマ法王までの人物撮影取材や書籍・雑誌の企画・編集・ 執筆・撮影をしている。立花隆氏との共著『インディオの聖像』(講談社)は 30 年のときを経て制作予定。
内田 樹(うちだ・たつる)
思想家・武道家。一九五〇年、東京生まれ。神戸女学院大学名誉教授、合気道凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想、武道論、教育論等。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。近著『街場の平成論』(編著/晶文社)、『善く死ぬための身体論』(共著/集英社新書)、『武道的思考』(ちくま文庫)ほか著書多数。

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