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「財政支出を拡大すると、本当に経済は成長するのか?」アメリカと日本の財政政策の違い【中野剛志】

中野剛志「奇跡の経済教室」最新講義 第5回《最終回》

 

■経済学者たちは「合意」に達した

 

 話をアメリカに戻すと、ジャネット・イエレンは2020年の7月、まだ財務長官になる前のトランプ政権の頃、ブルッキングス研究所でコロナ対策について、次のような意見を述べています。

 今、必要なのは給付金や補助金を「支出」することであって、「貸す」ことではない。金融政策は「貸す」ことはできるが、「支出」はできない。「支出」は財政政策の任務であり、⑴コロナ医療対策、⑵雇用対策、⑶地方自治体への財政支援、にしっかり支出すべきだ、というのです。

 

 さて、⑴コロナ医療対策、⑵雇用対策、はわかるとして、⑶の地方自治体に対して財政支援がなぜ必要なのでしょうか?

 それはこれまで説明してきたとおりです。中央政府は通貨を発行できるから、財政赤字が破綻に結びつきません。しかし、地方政府は通貨を発行できないので財政破綻はあり得ます。従って、中央政府は地方にお金を渡す必要があるんですね。

 日本では逆に「財源移譲だ」「地方分権だ」とか言って、要は「自治体で勝手にやれ」とやってしまったせいで、税収に乏しい地方自治体は緊縮財政にならざるを得なくなり、市民はみんな苦しんでいるわけです。ですから中央政府から地方政府には、財政支出をやらないとだめなのです。

 イエレンは、

 「我々の助言は、すでに記録的水準にある連邦政府赤字をさらに増やすだろう。しかし金利が極端に低く、しかもそれが続きそうな時には、議会が赤字やら債務やらを心配して躊躇せず、危機にしっかり対応するべきだと我々は信じている。」

とはっきり言っています。アメリカでは、ちゃんとこういうことを言う人が財務長官になっているわけで、いい国ですね。

 

 さらにイエレンは2021年の1月の上院承認公聴会で次のように言っています。

 「経済学者はいつも議論を戦わせているが、今は合意に達していると思う。それは、もっと行動しなければ、今はより長く、より苦しい不況になり、かつ後の経済を長期的に傷つけるリスクがあるということだ」

 つまり、このような事態では財政出動を拡大すべきだというのです。

 彼女はMMT論者ではないので、「債務負担を心配しないでもいい」とまでは言いません。それでも、

 「大統領も私も、国の債務負担を評価せずにこの救済パッケージを提案しているわけではない。しかし、今は、金利は歴史的に低いので、我々がなすべき最も賢明なことは、大きく行動する(ビッグ・アクト)ということだ。特に、長期間にわたって苦闘する人々を救済するならば、長期的には、便益が費用を大きく上回る。」

と言うわけです。彼女の立場でも、「今は金利が歴史的に低いんだからやればいい」というわけです。

 むしろ、財政の持続可能性も考えるなら、このパンデミックをさっさと片付けて経済を正常化させなければいけない。うまく財政出動をすれば、かえって財政の健全化につながるのだと、イエレンは言っています。

 「財政の持続可能性への道筋をつけるのに今できる最も重要なことは、パンデミックを克服し、国民を救済し、将来世代に便益を与える長期の投資を行うことだ。(中略)過去の経験が示すのは、今日のように、経済が弱く、金利が低い時には、大統領が国民に与えようとしている援助や経済に対する支援のような行動は、短期的には大きな赤字でファイナンスされようとも、経済に占める債務の比率を下げることにつながるということだ。というのも、この行動は、より収入を生み、将来の社会保障支出を少なくするような、より健全な経済へと結びつくからだ。同時に喫緊の課題は、人材、イノベーション、そして物理的インフラへの投資である。なぜなら、そのような支出は先々、リターンをもたらし、将来世代の生活を改善するからだ。」

 

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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