【NHK大河ドラマ『いだてん』金栗四三の波瀾万丈すぎる人生とその素養】 | BEST T!MESコラム

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NHK大河ドラマ『いだてん』金栗四三の波瀾万丈すぎる人生とその素養

歴史上の人物を四柱推命で鑑定! 第55回 ~金栗四三~

 歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 今年の大河ドラマ「いだてん」が始まった。ドラマでは日本で初めてオリンピックに出場した金栗四三(かなくりしそう)と、1964年の東京オリンピックを実現させた田畑政治(たばたまさじ)について取り上げている。今回は、中村勘九郎演じる金栗四三を四柱推命鑑定する。

金栗 四三(1891-1983)

生年月日:明治24(1891)年8月20日

 

それでは、上の命式表を見ながら鑑定していく。

●日柱の干支:「戊寅」(つちのえとら)

 この場所は、四三が果たすべき、自然界の役割を表す。「戊(つちのえ)」は山、「寅(とら)」は季節の春を意味することから、「戊寅」を持っていた四三は、春の山のような人物だったと言える。冬が終わり雪が融け少しずつ暖かくなるこの季節、山には竹の子や山菜が生え、少しずつ山に人が集まり始める。四三にはそのように優しく人々を引き付ける魅力があったのだろう。山はどっしりと構えてその場を動かない。それゆえ、一度やると決めたことはやり遂げる強い意志を持っていたのだろう。不器用な部分もあったかもしれない。

四三は1912年ストックホルムオリンピックに日本人として初めて出場し熱中症で棄権するという失態をバネに、オリンピックにこだわり続けた。

 

ストックホルム近郊のマラソンコース上の町・ソレントゥナに設置された金栗四三の記念銘板。

 しかし、翌1916年のベルリンオリンピックは第一次世界大戦の影響で中止となる。その次の1920年のアントワープオリンピックでは足のけがにより第16位に。翌1924年のパリ大会の時には30歳を超え選手としてのピークは過ぎていた。ほとんどの仲間が引退する中、四三は周りに推されて出場した。結果は残念ながら熱中症によりまたもや棄権。その後は、オリンピック等の国際大会に出場する選手の育成に務めた。まさに「動かざること山のごとし」。マラソンとスポーツ、そしてオリンピックにかける思いは誰よりも深かったのだろう。

パリを流れるセーヌ川。パリ大会ではピークは過ぎていた金栗四三。

 同様に日柱の干支に「戊寅」を持っている歴史上の人物として、織田信長、松平信康、黒田長政が、現代の著名人では、ヒラリークリントンや稲垣吾郎がいる。「動かざること山のごとし」のイメージが伝わるだろうか。

 

 次に、通変星(つうへんせい)・蔵干通変星(ぞうかんつうへんせい)を用いて性格を見ていく。四三の持っている星を簡単に円グラフに表すと下記のようになる。

 

 知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる。

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる。

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富。

〇知性50%(偏印2つ)

 知性は、様々な分野の知識が豊富で、頭の回転が速い星。特に、「偏印」はアイディアやひらめきが豊富で、学校で習う以外の分野、例えば企画、IT、占い等で才能を発揮する。この星を2つ持っている四三は、この性質が高まっていたと考えられ、その場その場に応じて物事を論理的にとらえ、様々なひらめきを生み出していただろう。

 初めて参加したストックホルムオリンピックの予選大会の前、四三は「汗抜き」とうトレーニング方法を伝授される。当時当たり前に行われていたもので、体内の水分を排出することで体を軽くするというものだった。四三も実践するものの、喉が渇きお腹が空き、耐えらずに砂糖水を何杯も飲むと体が軽くなったという。それ以来、四三は「汗抜き」はせずレース前に水も食事も摂取するようになった。

 今となっては、運動中に水分をとるのは当たり前だが、当時にしたら画期的な方法だった。四三のひらめきが功を奏したのだろう。

〇人脈30%(偏財)

「人脈」はさりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる星。中でも「偏財(へんざい)」は、誰に対しても優しくピンからキリまで幅広い人脈を持ち、お人よしが過ぎるため、騙されやすい面を持つ。

 兄の資金援助を得て、やっとの思いでストックホルムオリンピックの出場にこぎつけた四三。当時、飛行機はほとんどなかったため、東京から船と鉄道を乗り継ぎ、17日間をかけてストックホルムにたどり着いた。しかし、長旅の疲れからか、一緒に行った大森監督の肺結核が悪化し、四三はその看病にあたったため、練習はもちろん、ほとんど寝ることもできなかったという。1912年7月14日マラソン競技当日。快調にスタートを切ったものの、26kmを過ぎたところで、突然脱力。目がくらみ、経験したことのないような苦痛に襲われた。いわゆる熱中症だ。意識がもうろうとした金栗は、ペトレという農家の庭に迷い込む。驚いたペトレ家の人々は、ラズベリーのレモネードや食べ物を与え、金栗を親切に介抱したという。もうろうとしながらも四三は「私は東京の大学生です」と英語で名乗り続けた。

 そんな事情を知らない人々にとって、四三は「消えた日本人の謎」と化した。そして、亡霊になった、二人の美女に導かれて消えた…等様々な都市伝説が生まれたという。

 その55年後の1967年、再びストックホルムに降り立った。1912年のオリンピックにおいて、四三は記録上未だゴールしていないことになっているということで、当時のスタジアムで行われた記念行事に招待された。四三がゴールテープを切った瞬間、こんなアナウンスが流れた。「ストックホルム五輪全日程が、これにて終了しました。タイムは54年と8ヶ月6日5時間32分20秒」。その後、四三は挨拶で「この間に妻をめとり、子が6人と孫10人ができました」と話し、スタジアムを沸かせたという。

 なお、この記念行事にはぺトレ家の人々も訪れていた。四三は介抱をしたもらった後、ペトレ家の人々と文通を続け、半世紀ぶりに再会を果たした。

 熱中症について知識がなかった当時、マラソンは危険なスポーツ。1912年のストックホルム大会では、棄権者が続出し死者も出たという。そんな中、力を振り絞ってさまよいペトレ家にたどり着き、丁寧に介抱してもらっただけでなく、55年後に大会スタッフの粋な計らいにより念願のゴールテープを切ることができる。遂には大河ドラマの主役にまで取り上げられる。これぞ、四三の気配り上手な優しい性格と人脈の賜物だろう。

〇遊び心10%(傷官)

 遊び心の星の中でも「傷官(しょうかん)」を持っている人は、芸術性が高く、頭がよく交渉能力が高い。男性で持っているとナイーブな面がある。また、起伏の激しい星でもある。

 四三は知性の星を50%持っていることに加え、この「傷官」を持っており、相当頭がよかったのだろう。熊本県玉名郡春富村に生まれた四三は、小学校、高等小学校に進み、さらに熊本県立熊本中学校玉名分校(後の玉名中学、現玉名高校)に進学した。成績は非常に優秀で、春富村からの進学は初めてだったという。その後東京高等師範学校に進学するが、金栗家は8人兄弟で決して裕福な家庭ではなかった。そんな中、両親・兄弟にその選択をさせるほど、四三は聡明だったのだろう。

〇行動力10%(正官)

「行動力」は頭で考えるよりも行動で結果を出す星。中でも、「正官」はプライドが高く真面目で仕事人間のイメージだ。

 真面目で責任感の強い四三は、懸命にマラソンと向き合い、努力を重ねたのだろう。金栗が生涯に走った距離は約25万キロ、地球6周と4分の1といわれる。また、金栗の残した有名な言葉として「体力、氣力、努力」がよく知られる。

 

続いて十二運星を見ていく。

「病(びょう)」運勢エネルギー:4

夢や空想の世界が好きで、神秘的なものを好む。芸術性に長けている。人にやさしすぎるところもある。

※通変星、十二運星を合わせて、芸術性の高い星が3つあると言われる。それは、「傷官」「病」「沐浴」だ。四三はそれをすべて持っている。マラソンのイメージが強かったので、正直これには驚いた。大河ドラマを見ていても、そのような雰囲気は見受けられないが、相当に芸術性が高かったものと考えられる。マラソンに生涯を傾けていなかったら、海外で活躍する、画家、音楽家になっていたのではないか、筆者は思う。ストックホルムオリンピックの後、1920年のアントワープオリンピック、1924年のパリオリンピックに出場する等、ヨーロッパを複数回訪れるが、ヨーロッパの街並みや芸術は四三の目にどのように映ったのだろうか。

 

アントワーフ?の駅

「長生(ちょうせい)」運勢エネルギー:9

 学問が好きで順応性が高く、穏やかな性格。とにかく人から信用され、保険の営業マンやセミナーの講師に向いている。

東京高等師範学校を卒業し、教師という職についた思想。物分かりがよく優しい四三は生徒から絶大な信頼を寄せられ、大人気だったという。

「沐浴(もくよく)」運勢エネルギー:7

「少年」の意味を持ち、思春期の中学生のように突然何をしでかすかわからない少しトリッキーな星。好奇心が強く、飽きっぽい。芸術性も高い興味深い星でもある。海外や放浪生活が好きで、浮気性、芸術の星でもある。

一つのところに留まることに向いていない性格なのだろう。熊本から東京へ、そして海外、全国へと活躍の場を転々とすることができたからこそ、輝けたのだろうか。四三は「日本のマラソンの父」と呼ばれるように、選手を引退した後、後進の育成に尽力し、あのお正月の恒例行事、箱根駅伝をも考案した。また、それらの功績が認められ、昭和30年(1955年)には、スポーツマンとしては初の紫綬褒章を受賞している。

 四三の一生を見てみると、驚くほど波乱万丈。まさにドラマで取り上げたくなるような生涯だ。命式表を見てみると、「偏財」や「偏印」、「沐浴」等、いわば破天荒な性質が強く、その波乱万丈な人生をも謳歌していたように見受けられる。四三の動乱を好む好奇心の強さと、芸術性の高さに注目しながら、今後も大河ドラマを楽しもうと思う。

アントワープ市庁舎

 

 

■四柱推命とは?

古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。

具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。なお、ここでは生まれた時間は鑑定に含めていない。

「国史大辞典」に記載されている生年月日を、「和洋暦換算事典」を用いて現行暦に換算し鑑定している。

■用語説明

日柱の干支:その人の本質を表す重要な部分

主星(しゅせい):月柱の蔵干通変星で、その人を表す最も重要な星。主に仕事運を表す。

自星(じせい):日柱の蔵干通変星で、その人のプライベートな部分の性格を表す重要な星。

【参考文献】

「近代オリンピックのヒーローとヒロイン」池井優 慶應義塾大学出版会 (2016)

「マラソンと日本人」武田薫 朝日新聞出版 (2014)

歴史戦国でワクワクしたい!BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)HP いだてん特集よりhttps://bushoojapan.com/idaten/2019/01/09/107310

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妃萃(本名:油川さゆり)

ひすい

青森県八戸市出身。慶應義塾大学 社会学研究科 教育学専攻 修士課程修了、同研究科 同専攻 後期博士課程在学中。2013年鳥海流・鳥海伯萃より四柱推命の指南を受ける。これまで500人以上を鑑定。多数の弟子を輩出。

元放送局報道記者。フリーアナウンサーとして、BS11の番組にレギュラー出演しているほか、ナレーターや司会として活動中。日本の歴史、伝統芸能を伝えるため、歴史勉強会、その他イベントを主宰。自身も大和言葉、辞世の句、武田氏と油川氏等について講演活動を行う。合同会社真己、共同代表。また、2016年6月から「カミムスヒ」というソングユニットで歌手活動を開始。手話検定3級、ホームヘルパー、視覚障害者ガイドヘルパーの資格を持ち、社会福祉活動に積極的に携わる。


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