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南蛮貿易にともなってやってきた「梅毒」。その時代と医療事情

黒田官兵衛、加藤清正らの武将も感染【和食の科学史⑦】

「日本人の体質」を科学的に説き、「正しい健康法」を提唱している奥田昌子医師。彼女の著書は刊行されるや常にベストセラーとなり、いま最も注目されている内科医にして作家である。「日本人はこれまで一体どんな病気になり、何を食べてきたか」「長寿を実現するにはどんな食事が大事なのか」日本人誕生から今日までの「食と生活」の歴史を振り返り、日本人に合った正しい健康食の奥義を解き明かす、著者渾身の大河連載がスタート! 日本人を長寿にした、壮大な「食と健康」の大河ロマンをご堪能あれ。

■食が多様化した安土桃山時代

 応仁の乱以降、世は乱れに乱れ、戦国大名が覇を競うなか、織田信長が1568年京にのぼりました。安土桃山時代の幕開けです。これに先立つ1543年には鉄砲が伝来し、1549年にはフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しています。

 

 ポルトガル、スペインとのあいだに南蛮貿易が始まると、戦国大名には鉄砲、火薬、鉄、皮などの軍需品が、公家にはヨーロッパの毛織物、中国大陸の絹糸、熱帯の香料などの珍しい品々が、そしてスイカ、カボチャ、玉葱、唐辛子、サツマイモ、ジャガイモ、トマト、ホウレン草、イチジク、ブドウなどなど、それまで見たこともなかった食べものが次々にもたらされ、時代がくだると国内でも栽培が始まり、庶民の口にも入るようになりました。

 バナナに加えてカステラ、金平糖などのお菓子も輸入され、南蛮菓子は大名への贈答品としてもちいられたようです。日本を訪れた宣教師ルイス・フロイスが織田信長に金平糖を贈ったという話もあります。

 天ぷら、がんもどきの伝来によって、油で揚げるという新しい調理法も始まりました。欧米風の食事を見て、当時の人はどんなに驚いたことでしょう。その一方で、味噌と醤油がほぼ完成したのもこの時代です。味噌と醤油は醤(ひしお)という共通の祖先から生まれました。701年に制定された大宝律令によると、宮中で大豆を原料に醤を製造していたようです。

 ここから枝分かれして、まず発展したのが味噌でした。戦の際にご飯のおともとして持ち歩いただけでなく、安土桃山時代に入ると、あらゆる料理の味付けに使われ、味噌汁も作られるようになりました。白味噌、赤味噌、八丁味噌、仙台味噌など多彩な味噌が誕生するのは江戸時代のことです。

 醤油は鎌倉時代に味噌を作る過程で容器の底にたまった液を「たまり」として利用したのが始まりとされています。こちらも安土桃山時代に製造方法が確立され、1597年に出た本のなかに醤油という文字が初めてあらわれます。味は現代のたまりに似ており、当時は米の2、3倍もする高価な調味料でした。庶民の食卓で醤油が欠かせないものになるのは江戸時代もなかばになってからです。

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奥田 昌子

内科医、著述家

京都大学大学院医学研究科修了。内科医。京都大学博士(医学)。愛知県出身。博士課程にて基礎研究に従事。生命とは何か、健康とは何かを考えるなかで予防医学の理念にひかれ、健診ならびに人間ドック実施機関で20万人以上の診察にあたる。人間ドック認定医。著書に『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」』(講談社)、『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎)、『実はこんなに間違っていた! 日本人の健康法』(大和書房)などがある。


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