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むかしの日本人はおなかの中の「虫」に悩まされた。

平安時代の日本では、天皇や上流貴族も赤痢に苦しみ…【和食の科学史⑤】

■おなかには密告者が住んでいる?

 とはいうものの、病気の原因を突き止めるのは一筋縄ではいきません。小さな子どもが夜泣きしたり、かんしゃくを起こしたりすることを「疳(かん)の虫が起きる」と表現することがありますね。また、「腹の虫がおさまらない」という言葉もあります。体の中に虫がいるなんて、寄生虫か何かの一種でしょうか?

 古代中国には、体内に「三尸(さんし)の虫」と呼ばれる三匹の虫が住んでいるという思想がありました。三尸の虫は、人が眠っているあいだに天にのぼり、神様にその人の悪事を告げ口します。神様の怒りにふれると寿命が短くなると考えられていたため、虫に告げ口されないよう、人々は知恵を絞りました。

 三尸の虫が天に行く日が決まっていたことから、大陸でも日本でも、この日はお経を唱えながら皆で食事をしたり、遊んだり、おしゃべりをしたりして眠らずに夜を明かすようになりました。鎌倉時代に広がり、江戸時代に盛んに行われた庚申待(こうしんまち)という行事です。ずっと目をさましていれば、三尸の虫が体から出られませんからね。

 身を慎むのではなく、告げ口させなければ良いという発想の面白さ。人間は昔から変わらないことがわかります。

 三尸の虫とは別に、本物の寄生虫による感染症も引き続き頻繁に起きていました。マラリアのように顕微鏡を使わなければ見えない寄生虫と違い、サナダムシなど大型の寄生虫は出てくればすぐわかります。そのため、おなかに症状が起きる病気、たとえば赤痢や腎臓結石、下痢、さらには子どもの夜泣き、ひきつけ、イライラまで、虫が原因ではないかと考えられるようになったのです。

 図6は、「疳の虫」と「夜泣き虫」の想像図で、いずれも明治時代に発売された虫下し薬の広告に描かれていたものです。疳の虫は腕の生えたタツノオトシゴのようですね。夜泣き虫は犬とミミズが合体したような姿で、ちょっと愛嬌があります。

図6 左:疳の虫の想像図 右:夜泣き虫の想像図 明治時代の「セメンシイナ」という虫下し薬の広告に描かれていた想像上の虫です。虫下しは当時ロシアからの輸入品で、大変苦かったそうです。内藤記念くすり博物館所蔵

 古くは海藻の一種やザクロの根を煎じて飲ませる、トンボの幼虫、アカガエルを焼いて食べさせるなどの治療が行われたようですが、もちろん疳の虫など実在しないため、こんなことが効くとは思えません。結局は加持祈祷を受ける、お守り札を貼るなど、昔ながらのまじないに頼るのがつねでした。

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奥田 昌子

内科医、著述家

京都大学大学院医学研究科修了。内科医。京都大学博士(医学)。愛知県出身。博士課程にて基礎研究に従事。生命とは何か、健康とは何かを考えるなかで予防医学の理念にひかれ、健診ならびに人間ドック実施機関で20万人以上の診察にあたる。人間ドック認定医。著書に『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」』(講談社)、『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎)、『実はこんなに間違っていた! 日本人の健康法』(大和書房)などがある。


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