なにかがファーストになる【森博嗣】新連載「道草の道標」第2回
森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第2回
森博嗣先生が日々巡らせておられる思索の数々。できるだけ取りこぼさず、言葉の結晶として残したい。森先生のエッセィを読み続けたい。なぜなら、自分の内から湧き上がる力を感じられるから。どれだけ道に迷い込み、彷徨ったとしても、諦めず前に進んでいけることができるから。珠玉の連載エッセィ第4弾「道草の道標」。奇跡のスタートです! 第2回は「なにかがファーストになる」
第2回 なにかがファーストになる
【自分ファーストは当たり前】
ネットで見ているニュースによる最近の日本の主な話題といえば、アメリカの関税とお米の高騰くらいだろうか。どちらも「米」なので、たぶん今年の漢字は決まりだな。
「アメリカンファースト」を、どう捉えれば良いのか。これは、そう、当たり前としかいいようがない。なにしろ、誰だって自分ファーストなのだから。自分が一番大事なのは、ごく普通のことだ。ただ、ちょっとした理性や礼儀を持ち合わせたジェントルマンだったら、そういう浅はかさを表に出さず隠しておく、というのがマナーだった。
僕のこれまでの人生において、この「ファースト」と叫ばれたものといえば、まずは「セイフティファースト」、これは「安全第一」であり、緑十字と一緒に工場や建設現場に掲げられる標語である。その次に思いつくのは「レディファースト」だろう。僕が子供の頃にこの言葉が流行った。西欧ではそういう紳士的な文化が根付いているという。
安全第一が掲げられるのは、ほかのところよりも危険な場所だからだ。危ない作業が多いから注意を喚起する。また、レディファーストが叫ばれるのは、女性が弱い立場だからである。つまり両者ともに、それらハンディをなんとか補おうという言葉といえる。
アメリカは、それくらい危機に瀕していて、今や弱い国になってしまったという証し。今はなんとかまだ世界一だけれど、過去にあったような絶対的優位ではない。将来はもっと落ちぶれる、と不安を抱えていることは確かである。
いつだったか、日本の政府が「基地を県外へ」といいだしたことがあった。米軍基地をどこか他所へ移そうとした。あのときも、自分ファーストだよな、と感じた。また、原子力発電所をすべて廃炉にしよう、とする運動もあった。これも自分ファーストだ。他所の場所、他所の国なら許せるけれど、自分のところだけは御免だ、という我儘である。
僕は、我儘が悪いといっているのではない。単純に、それは普通で当たり前である、というだけ。でも、ジェントルマンになりたかったら、もう少し考えようがあるのでは、というだけ。国民と政府で金を取り合っているのも、それぞれが自分ファーストだ。全然悪くはない。
お米が高くなって大騒ぎの様子。2倍になったらしい。よく5kgの値段が取り上げられるけれど、森家では大人3人が1カ月で食べる量が3kg程度。全員が少食だし、ご飯の夕食は6割くらい。ということは、5kgで2000円高くなると、森家では月1200円くらいの負担増である。ご飯をよく食べる家庭はこれが何倍かになるわけだが、それでも、行列に何時間も並んで買い求めるほどのことだろうか? バイトすれば1時間で1000円もらえる昨今、2000円の差に5時間も並ぶ人がいるのだから、少し不思議に感じる。悪くはない。その人にとっては、きっと趣味的な問題であって、お米ファーストなのか、行列ファーストなんだな、と理解するしかない。人それぞれ、なにかファーストがある。
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