私が「AV女優の面接」に行ったあの日のこと【神野藍】『私をほどく〜AV女優「渡辺まお」回顧録』
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第1回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」をしずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい」連載第1回【再配信】。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

「神野さんの言葉で、『AV女優渡辺まお』とは何だったのか、語ってみてください。」
パソコンの前で逡巡している。たかだか数年の話をまとめるだけだから、そこまで迷いなんて生じないと思っていたが、想像以上に難航している。まず何から話せばいいのか。腹の奥底に溜めていた感情をすべて吐き出して、それをきちんと体系づけていくのは骨が折れる作業だ。
これまで様々な媒体のインタビューで自身の経歴について語ってきた。そのときに答えていることは間違いではないが、正解ではない。仕方がないことだが、私が話したことを編集部側の思い描くシナリオによせて切り取られるというのは、往々にしてあることで、なおかつその場の空気感こみで発言したことが前後の文脈無しに書かれるということだってある。
そしてなにより、数か月前の自分が発した考え自体がアップデートされており、何かに対する意見が異なるという事態が発生してしまうからだ。私の言語力と思考力は毎日向上している。昨日よりも世界に対する解像度が上がり、目に映るものをより鮮明に説明し、自身の思考を詳細に語れるようになっているのだ。
「自分の言動には責任をもて」と批判が飛んでくるかもしれないが、国会の答弁ではあるまいし、自分の人生の「ここはこうだった」「このときは、こう考えたから、こう行動した」という考察が少しずつ変わっていくのは、日々生きている以上、仕方がないことだろう。
そして今回自分自身について綴ることも、いま現時点での考察なので、今後変化するかもしれない。それだけは読者の皆様にご了承願いたい。
その上で、きっと文章を書いている私も、読んでいるあなたも、途中で救いようのないぐらいの嫌な感情に襲われることもあるだろう。私が目をそらさずに書いているのだから、これを読んでいるあなたも私から目をそらさないでいてほしい。
「とりあえず、このシートの埋められるところを埋めておいてね。それが終わったら、それをもとにいくつか質問して、その後、写真撮影をするから」
2020年、早春−−。私の前に出されたのは一枚の紙。名前や住所など、ごく普通の質問から、初体験の年齢や対応可能なプレイの質問までさまざまだった。一つひとつ淡々かつ機械的に記入していった。これから人生が変わってしまうかもしれないというのに、不思議なまでに落ち着いていた。慌てふためくこともないし、胸を躍らせることもなかった。嵐の前の静けさのようだった。そんなことを考えてるうちに、面接を担当してくれる小太りの中年男性が部屋をノックして「終わった?」と尋ねてきた。そこからの記憶はあまりない。思っていたよりも綺麗なオフィスを後にして、〈面接ありがとうございました〉 と面接担当者に一通のラインを送る。「こんな面接でも合否があるんだ」と思いながら、満員の山手線に乗り込んだ。
文:神野藍
✴︎【神野藍】新連載「揺蕩と偏愛」が毎週金曜日8時配信!
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
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「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに