■本作は“ただの良いアニメ”にあらず

 本作の肝となるのは、女の子たちがゾンビであるということ。つまり、みんながそれぞれ、何らかの事情で「死んでいる」ということです。アイドルになるような若い子が死ぬからには、それぞれに不幸で悲しい事情がある……。

 ゾンビものの作品の多くは、主人公がゾンビに追われる側です。でも、本作のゾンビは意識を持ち、メイクをすれば生きている人間と見分けがつかないようになっていて、生前の記憶も取り戻していきます。すると、どうなるでしょうか。死んでから何年、何十年かの時が過ぎる間、時代の変化を実感させたれたり、かつての仲間が華やかに活躍している姿を見せつけられたりと、葛藤が生じることになります。本作はただのB級オモシロ作品ではなく、この葛藤をいかに乗り越えるかという点も、ちゃんと描かれているんです。

 地元でアイドルとして活動していれば、残された家族や友人と邂逅する機会も出てきます。特に秀逸なのは、第8話のエピソード。伝説の天才子役リリィの生前と家族とのエピソードが描かれた回です。アニメや漫画、ドラマ等では、天才子役を題材にしたエピソードはたいてい、家族との葛藤が描かれるます。リリィは生前、大河ドラマでブレイクして全チャンネルのゴールデンタイム放送番組で主演を経験したというほどの天才子役だから、多忙だったり無理してでも親の期待に応えようとしたりして、当然、葛藤があったわけです。でも、死んでしまいます。でも、死んだはずのリリィがアイドルとして活動する姿を、残された家族が見つけることとなる……。これ以上詳しく説明するとネタバレになってしまうのでここらへんで止めておきますが、ここから先はもう、ティッシュが何枚あっても足りないほど涙が止まらない「泣き」の展開が待っているんです!

「感動しろ~!」「泣け! 泣け!」っていうような、感動の押し売りみたいな作品だと、興ざめしてかえって感動できなかったりするものではないでしょうか。でも、本作のように、シリーズ前半ではただのオモシロ作品だと思わせておいてから、油断したところに強烈な「泣き」のカウンターパンチを食らわせるような構成のほうが、よほど感動するものです。逆に、こっちのほうが王道の「泣きの方程式」と言えるかもしれません。

 設定や伏線が意外に細かいようなところもあって、放送中はネット上で数々の考察がなされていきました。でも、本作の肝は、とんでもない設定をノリと勢いで押し切っていくところにあります。何故、どうやってゾンビになったのか? これは一番の謎でもありますが、実は第1話で説明されています。

 

 私、どうしてゾンビになったの? と問いかけるさくらに対して、サングラスをかけた謎のプロデューサー巽幸太郎が答えます。 

「お前、ゾンビ映画見たことないんかい。あんな感じです。なんやかんやで墓からドーン! じゃ、いかんのかい? ゾンビィなんてそんなもんでええじゃろがい!」

 これは、細かいところはあまり気にせずにとにかくノリを楽しんで欲しいという制作者からのメッセージでもあるのかもしれません。
 でも、ゾンビであることにメッセージ性はあったと、僕は思います。今の世の中、ミスやスキャンダルがあれば社会的に立ち直れなくなるのではないかと感じるほど、猛烈にバッシングされてしまいます。とはいえ、過ちを犯した後にも生きていかなければなりません。何もせず、ただ「生ける屍」のように生きることもあるでしょう。それでも大切なのは、失敗して後悔した後に、どうやって乗り越えていくか、自分を変えて前に進めるかということなんじゃないか……。不幸に見舞われて倒れても、腐ることなく蘇って、目覚め、立ち上がり、仲間と力を合わせて、輝く。本作の根底には、こんなシンプルで力強い普遍的なメッセージが秘められているように感じるんです! だからこそ、多くの人の心を打ったのでしょう。

 最終回まで見終わると、あぁ、こんなに良いアニメと出会えて本当に幸せだなぁとしみじみ感じさせてくれる良作です。でも、最後まで回収されない伏線もたくさんあって、アニメファンの間では今後の展開や続編への期待感が今、猛烈に高まっています。時間が経って続編が再開されると最初ほど盛り上がらないケースも多々ありますが、今期のようなクオリティであれば、きっと何度でも、ゾンビのように蘇ってくれるでしょう!