■母が手に取った、向田邦子さんの『父の詫び状』

 話は30年以上、さかのぼる。ぼくが大学生の頃。東京のひとり暮らしのアパートを、母が訪ねてきたことがあった。

 そのとき本棚に目をやった母が、ひとりの作家の名前に目を留めた。

「あら、この人、見たことある名前だね。テレビのシナリオの人だかと思ったけど、本も出してるのかね?」

 本棚から母が手に取ったのは、向田邦子『父の詫び状』だった。

「あ、向田邦子さん? そうそう、本業はドラマのシナリオを書いている人。この人のエッセイが好きで、最近、読んでいるんだ」

「やっぱり、そうかね。なんかのドラマで見たことある名前だと思って」

「あれじゃないかな、『東芝日曜劇場』。おかあちゃんの見てるドラマなんて、日曜劇場くらいしかないだろ」

「ああ、そうかも知れんね」

 ぼくが子供の頃、夕暮家にはテレビに関するルールがひとつだけあった。

 日曜の夜9時。この時間帯だけは母にチャンネル権があり、1週間のうち唯一、母がのんびりとテレビを見る時間。そう決まっていた。

 朝は食事を作って子供たちを送り出し、あわただしく後片付けをして自分も出かけるから、朝ドラを見ている余裕などない。夜は子供たちやおばあちゃんにチャンネル権があり、たまに父も晩酌しながらプロ野球を見るから、母まで回ってこない。 

 母は読書家で、テレビより本の好きな人だったから、週に1度、ホームドラマを楽しむ程度で十分だったのだろう。それが日曜の夜9時に放送されていた、TBS系の『東芝日曜劇場』だった。

 1970年代、向田邦子さんはこの枠にときどき単発ドラマを書いていた。だからテレビに疎い母も、名前を知っていたのだ。

 そのときの会話はそれで終わった。

次のページ やがてお母さんの本棚に『父の詫び状』が。