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なぜミリオンセラー『君たちはどう生きるか』を読むと不幸になるのか?

大多数の人にコペルニクスは参考にならない②

■迫害されても隣の人のマネを貫き通す

 

中田 「オレはダメだ」と言っている人は、「自分はヘビだ」と思っているミミズのようなものなんです。自分は本当はヘビなんだ、という前提そのものを疑っていない。最初から、自分をわきまえていれば、そんなこと思わないわけです。

 仮に「オレはできない。バカだ」と思ってる人間に、「いや、おまえはカエルに比べればましだ」と言っても、あまり喜ばれないですよね。「お前は仕事ができないけど、カエルに比べればできる。安心しろ」と言われても安心できないですよね。でも「自分はコペルニクスなんだから、もっとできるはずだ」というのは抵抗なく受け入れてしまう。どっちもまちがっているんです。正しくは、コペルニクスなのに普通のダメ人間のように扱われているので怪け しからん、ということではなく、ただの凡庸なダメ人間なのでダメ人間として扱われているだけであり、それは仕方ないことなんです。それで人間性が否定されるわけでも、人間としての平等が否定されるわけでもありません。

 自分をコペルニクスだと思い込んで不幸になるなら、カエルと比べればいいんです。たとえば10万円の給料をもらったとして、カエルだったら、たぶん3万円ももらえなかったと思えば、人間としてちゃんと評価されていると感じられませんか。論理的に考えられれば、人間は不幸にならないんです。そこをまちがえるから、不幸になってしまう。

ーーそこは、人間にはより高く評価されたいという承認欲求があるので、どうしてもコペルニクスに近づきたいというのがあるのでしょうね。

中田 承認欲求自体は、赤ちゃんのときからあるものなので、良いも悪いもありません。生きるためにそれは必要なものだし、人間はそういうふうにできている。でも、人間として生まれた以上、理性を働かせれば、生きているとは承認されていることだとわかる。でも、理性が曇っていると、外からおかしな基準を取り入れて、自分は承認されていないと思い込んでしまう。

ーーなるほど。すると、「親分」や「兄貴」は、承認欲求を与えてくれる人ではなく、安全を保障してくれる人として存在するわけですね。

中田 そうです。さっきも言ったとおり、バカな人間が自分で是々非々を考えるのは、まちがいで、自分より頭のいい人に100パーセント従ったほうが、まちがえる確率は低くなります。しかも、考えなくていいので、楽なんです。

ーーそれでもバカな人間でも親分の下で経験を積めば、そのうち自分で工夫したりして、そのうちに親分はじつはバカなんじゃないかって気づくこともあるのではないでしょうか。

中田 いや、たいていは超えられないと思いますよ。佐藤蛾次郎の源公と寅さんの関係がひっくり返ることはめったにありません。中には超えてやろうと企てる人間も出てくるでしょう。たいてい失敗しますけどね。それは仕方ないんです。「宿題をやれ」と言っても、やらない人間はいる。だからといって、「やるな」と言ったら、本当に誰もやらなくなってしまう。だから、やっぱり「やれ」と言いつづけないといけない。それが倫理というものです。絶対やらない人間がいるとしても、「やりなさい」と言いつづける。自由というのは、あくまで秩序あるところに存在するんです。でも、秩序はいらない、やらなくていい、自由なんだからというのは成り立たない。「やらない」人がいてもいいのですが、そっちが主流になってはいけないんです。

 問題は、それがあくまで少数派であるときに意味が出てくるような価値観が、現代では多数派の言説になってしまっていることです。逆に「長いものには巻かれろ」といった、かつては多数派の言説であったものが、いまや少数派になって、逆にそちらのほうがコペルニクス的なものになっている。どんなに迫害されても、認められなくても、隣の人のマネを貫き通すという生き方こそが、いまや少数派のコペルニクス的な生き方なんです。

『みんなちがって、みんなダメ』より構成〉

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中田考×田中真知

中田考 なかた・こう



イスラーム法学者。一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、二〇代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。近著に『イスラームの論理』、『イスラーム入門』、『帝国の復興と啓蒙の未来』など。



 



田中真知 たなか・まち



作家・翻訳家、あひる商会代表。一九六〇年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。一九九〇年より一九九七年までエジプトに在住。アフリカ・中東各地を取材・旅行して回る。著書に『アフリカ旅物語』(北東部編・中南部編)、『ある夜、ピラミッドで』、『孤独な鳥はやさしくうたう』、『美しいをさがす旅にでよう』、『たまたまザイール、またコンゴ』、『増補 へんな毒 すごい毒』、訳書にグラハム・ハンコック『神の刻印』、ジョナサン・コット『転生 古代エジプトから甦った女考古学者』など。


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