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♪どうせ私をだますなら だまし続けて ほしかった♪

バブルを抱きしめた女・島村洋子が贈る時代をともに生きてきた者たちへの応援歌!

【新刊案内】バブルを抱きしめて/島村洋子

バブルを抱きしめて/島村洋子 定価1512円<税込>

♪どうせ私を だますなら 
だまし続けて ほしかった♪

平成が終わろうとしている今、バブルを抱きしめた女・島村洋子が贈る時代をともに生きてきた者たちへの骨太な応援歌!
『新潮45』の人気連載エッセイが待望の単行本化!
 

 それを経験していない人には信じられ
ないことだろうけど、いわゆる「バブル」
のとき私はこれが永遠に続くと思っていた。いや、私だけではない多くの人がそう思っ
ていただろう。そうでなければ、あんなに不良債権を抱え込むわけがない。
 紀元前のローマの人もヴェスヴィオ火山を毎日見ていたポンペイの人も、唐の長安の人も、そしてのちに「バブル」と呼ばれるわけがわからないほど元気だったあのときの人も、明日も同じ好景気が続くと信じていたのだ。
 信じていたわけではない、他の絵が描けなかったのだ。誰が銀行がつぶれる世の中を想像しただろう。誰が日本の国債の格付けが下がると思っただろう。思わないことは来ないことと同じだ。
 日本は狭く、土地には限りがある。土地の価格が下がるなんて誰も考えない。朝起きて香港で昼食をとるためだけに飛行機に乗り、夜はまた日本に帰って来たりしていた人もいるし、私はクルーザーで寝泊まりしたこともある。
 それを誰もおかしいとは思わないのだ。なぜなら自分も景気がいいから。あるいは今、たいしたことがなくても必ず自分にも金がまわって来ると信じられたからだ。全員が思えばそれは夢ではないのだ。
 平野ノラが大きな携帯電話を抱え、ボディコンシャスな服で現れて、バブルの頃のネタをするのを見ているとき、若い世代はそれを「かつてあったと聞く嘘みたいな話」としてそれを消化するのだろうか。何かのおとぎ話みたいに思うのだろうか。
 そのおとぎ話の主人公はそこら中のふつうの人だった。なんでみんなあんなにアクセサリーを贈り合っていたのだろう。なんでみんなあんなに毎晩、出歩いていたのだろう。一万円札でタクシーを停めたとか、タクシー券の束を振っていたとかみんないうが、たとえば私は六本木から銀座に行くのにタクシーがつかまらず、荻窪の友達に電話して六本木までタクシーで来てもらった。そしてそのタクシーに乗って銀座で降りて友達にはそのまま荻窪に帰ってもらった。
 友達には二万円渡したような気がする。なんたる壮大なムダ。友達を呼んでいる間に歩け! と今なら思うが、その時は特別に変わったことをしている感覚もなかった。その当時の人々なら、「そう、大変だったねー、タクシーは乃木坂のほうにいたよ」とかふつうの会話の一環としてこの話を聞くことだろうと思う。
 もう一度、あの頃に戻りたいかと問われれば多くの人が、「あんなまともじゃない時代いやだ」と言うのかも知れない。しかし心の奥底では、楽しかったなあと思っているのではないか。
 タイムマシンがあれば、本能寺の変の寸前に織田信長に会ったり、暗殺前のケネディに、「ダラスには行かないほうがいいですよ」と言いたい人もいるだろう。あるいは未来に行ってAIだらけになっているのか確認したい人もいるかもしれない。
 私はと言えば、あのバブルの頃の六本木の自分に会いたい気持ちもある。「これはすぐ終わるから浮かれてないで貯金でもしろ」などと言う気はさらさらない。「こんなに楽しいんだから、そしてこんな時代は世界史上にも稀まれなことだから充分に楽しめ」と言うつもりである。
 泡は抱きしめれば割れるのだろう、シャボン玉のように。浮かれてないでまともに生きていけ、というのは正論だろう。しかしあの時はみんな、ものすごく働いてものすごく遊んでいたのである。終わりが来ることを無意識に察知していたからあんなに必死でみんな大騒ぎしていたのかも知れない。
 失敗を否定することは簡単である。果たしてあれは失敗の時代だったのだろうか。光が明るければ明るいほど影が暗い、とはよく言われることである。しかし闇の暗さも弾ける泡も、ねずみ色の生ぬるさよりは良かったのではないか。
 私はあの頃、六本木にいた者として少し胸を張りたい気すらしている。

島村洋子(しまむら・ようこ)

1964年、大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業後、証券会社を経て、
1985年コバルト・ノベル大賞を受賞。作家デビュー。
著書に『野球小僧』『家族善哉』『せずには帰れない』などがある。
ビートルズ研究家、野球愛好家としても広く知られている。

 

 

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