文化の街としての地位を確立

 当時、東京国立博物館の初代館長を務めた町田久成は、内幸町から上野への移転を考えていた。彼の働きもあって、移転が実現することになる。1881(明治14)年にイギリス人の建築家、ジョサイア・コンドルが設計した本館が完成。1882(明治15)年になると、農商務省所管の博物館付属施設として、上野動物園が開園した。
 それよりも早く、1877(明治10)年には教育博物館が開館、さらに10年後の1887(明治20)年には、東京美術学校(現在の東京藝術大学の前身)が置かれた。そして、帝国図書館、東京府美術館(現在の東京都美術館)が続々と誕生。昭和に入ると現在の国立科学博物館である、東京科学博物館も開館し、上野は文化の街としての地位を確立していく。
 そして今では、オリンピックイヤーの2020年に向けて、さらなる文化交流の拠点として発展させようという動きがある。上野公園に行けば、美術館だけでなく、博物館や動物園も楽しめる。その利便性は外国人にも受け入れられるのではないだろうか。そして、さらに文化の杜として栄えることを期待したい。

『一個人』2018年3月号では、「日本の美術館が10倍楽しくなる話。」という特集を展開し、国立西洋美術館で見られる名画の解説なども紹介している。上野にはほかにも、東京都美術館や東京藝術大学大学美術館、上野の森美術館があり、各施設を巡ることも可能だ。公園誕生からの歴史にも思いを馳せつつ、芸術作品を鑑賞してみてはいかがだろうか。