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第50回:「コタキナバル 辻くん」(後編)

 

<第50回>

9月×日
【「コタキナバル 辻くん」(後編)】 

前回からの続き。中学時代、優等生だったにも関わらず、卒業式当日にいきなり前髪にメッシュを入れてきた「辻くん」。ワクサカさんはそこに「善」と「悪」の真理をみたわけですが、話は急に「コタキナバル」という街に変わって…)

 

コタキナバルは、ボルネオ島マレーシア領の最大都市である。

最大都市といっても、2時間もあれば全周できてしまうほどに、小さな街だ。

で、この街のみどころなのだが、特にない。

この「特にない」っぷりが、尋常ではない。

旅の出発前、「コタキナバル  みどころ」でグーグル検索をした。すると、どのコタキナバル観光サイトにも大きく堂々と「夕陽がキレイ」と載っていた。

だから、夕暮れ時にコタキナバルの港に行くと、各国からの旅行者たちが親の仇のように夕陽をじっと眺めている。

夕陽を見つめる以外、やることのなくなった旅行者たちがそこに集まるのである。

他の主たる観光名所としては時計台があるのだが、これはもう「レゴか」みたいなチープさである。

あとはなんか、猫がいたり、車が走ってたり、ほんのり臭かったりするだけの街、それがコタキナバル。

などとかなり乱暴に総括しかけたが、待ってほしい。この街には、世界に誇れる素晴らしいものがある。

それは、優しさである。

 

 

この街の人たちは、平気で虫とかを口に入れる弟に貸してしまったラジコンのごとくぶっ壊れている僕の英語を、嫌な顔ひとつせず理解できるまで耳を傾けてくれる。

旅の同行者であったSくんが屋台でのアボカドジュースの買い方がわからずオロオロしていた際には、いろんなところから人が湧いて出てきて、最終的には12人の店員さんがSくんの対応をしてくれた。困っていると、ダースで助けにきてくれるのである、この街の人は。

客引きもいなければ、スリやひったくりもいない。「あ!外国人だ!身ぐるみをはがしてやれ!」みたいなテンションの人が、皆無。

ああ、人情味。コタキナバルは、山田洋次監督作品なのかというほどに、人情味が濃い。

コタキナバル 優しい」で検索すると、いくつかのコタキナバル旅行記ブログに、「コタキナバルはこれといってみどころはないが、地元の人たちは誇り高く、皆優しい」という記述が散見された。

やはり、優しいのである。そして、やはりみどころはないのである。

どこを切っても優しい街。優しさのテーマパーク。それがコタキナバル。

 

僕はコタキナバルの街で、毎朝玄関の前に立っていた、辻くんのことを思い出した。

 

で、ここでひとつの疑問が湧きおこる。

この街の前髪メッシュは、どこだ?

 

コタキナバルは、優しすぎる。このままではウェイトが優しさの方にばかり偏ってしまい、バランスが崩壊してしまう。きっとこの街のどこかに、辻くんのメッシュ的な部分があるはずだ。

どこだどこだ、メッシュはどこだ?!

息巻きながらコタキナバル市内を歩いた。そしてついに、コタキナバルのメッシュを見つけた。

 

それは、一軒のBARだった。

店名は「THE Black World」。

 

なんちゅう、ストレートな店名なのだろう。ぼったくりバーの予感しかしないぞ、「THE Black World」。実際、向かいの肉骨茶屋さんの店員に聞いたところ、「あそこはノーグッドバーだ」とのことだった。

素朴なレストランが並ぶ道の中で、この「THE Black World」は異様な怪炎を上げていた。

 

で、この店の前に掲示されている看板をご覧いただきたい。

 

 

 

 

 

 

このフォント!

押尾学センス丸出しのフォント!

上手く言えないけど、辻くんのメッシュも、ちょうどこのフォントみたいだった!

 

店名とフォントから、店内の様子が容易に想像できる。きっと、恥骨に響き渡るドンスコドンスコしたミュージックが大音量で流れ、怪しげな甘い煙が充満し、その煙の向こうには毒蛇を首に巻いた半裸の男と、7種類の性病を持っている女が…。

 

なんだか、安心した。

この「THE Black World」が街の「悪」を一手に引き受けている限り、コタキナバルは安泰である。バランスは保たれ、「善」と「悪」が境界越しに握手をしている。コタキナバルに百年の平和があらんことを。

 

帰国してから、Facebookで辻くんを検索した。

アイコンの辻くんは、すっかりおじさんになっていた。

齢を重ね、彼の仏のようなありがたみはさらに深まっていた。お粥ばっかり食べてそうな顔で、こちらに微笑みかけていた。

前髪のメッシュは消えていた。

アルバムを覗き、最近の辻くんの姿をいくつか拝見した。

二の腕にタトゥーらしきものが彫られていたが、見なかったことにした。

誰にでも、暗部はある。

辻くんにも、コタキナバルにも。

 

 

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。
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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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