「扱うけれど、このままの
お酒じゃダメだぞ」。

「ある酒販店の社長にそういわれたときは、エッ、と思いました」。
 田中悠一さんは回想する。まさか、置いてもらえるとは思っていなかったからだ。平成26年に仕込んだ酒の中か1本だけ、“仲取りの一番良いもの”を、保冷剤を詰めたクーラーボックスに入れて、大手の有名地酒専門店を訪ねたときのことだ。人生初めての営業経験だった。

「いい状態で試飲してもらうには、それしか方法がなかったんです。無駄になると思ったのでラベルは用意せず、手持ちの荷札ラベルで応急に対応しました」。

大胆不敵に「荷札」をラベルにしてしまった蔵がある。24歳の田中悠一さんが先頭に立つ加茂錦酒造だ。加茂錦のラベルは、完全手造り。スタンプを捺していくと、写真のような荷札になる。これを1本づつ瓶に手貼りしていく。

 電話でアポを入れると、担当者が会ってくれた。しかも、後日、海外出張から帰国した社長に会わせてくれたという。
「そのお店では、毎日全国の蔵元からものすごい数の酒が届き、それをテーブルにズラ〜ッと並べて、1本1本、社長が唎酒するんです」。
 実は、加茂錦を受け継ぐことになった父親は、下戸だった。酒造りに迷って、このお店でコツコツとお酒を買い込み、次から次へと飲んでみたという。
 だが、客として酒を買うことと、蔵として酒を置いてもらうことは、天地の隔たりがある。

「最初は、おそらく置いて頂けないだろうな、と思っていました」。
 と社長。ところが息子から電話がかかって来て、「置いてもらえることになったって(笑)」。次の新規営業では、町田・多摩・中野を1日で回った。
「中野の後、熱が出たので東京に泊まると息子が言うのです。8月の暑い日でしたので熱中症らしいと後でわかったのですが、3軒ともスゴイ酒屋さんじゃないですか。それぞれ3時間も話を聞いてもらって、連続3社。本人、力尽きてしまったようです」。

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