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極秘裡に反ヒトラーの名士たちを繋いだ海軍大将、カナリス

「ワルキューレ」作戦 ~ドイツ貴族将校団有志、独裁者ヒトラーを暗殺せよ!~ 第1回

独裁者ヒトラーに対し、密かに反旗を翻したドイツ貴族将校団の有志たち。いかにして1944年7月のヒトラー暗殺未遂事件へと繋がったのか? 「ワルキューレ」作戦の舞台裏を描く、オリジナル連載の第1回です。

反ヒトラー派を繋ぐのに力を添えたとされる国防軍情報部長官ヴィルヘルム・フランツ・カナリス海軍大将。その出自と職務柄もあり、きわめて博識かつリベラルな人物であった。

カナリスという男

 ドイツは元来、軍人貴族を中心として国家が隆盛した。ゆえにドイツ将校団の特に貴族出身者たちは、国の威信を担う誇り高き存在であった。しかし第一次世界大戦の敗北により、ドイツとその将校団の威厳は失墜した。

 ところが1933年1月30日、「強く誇り高きドイツ」の復活を掲げたヒトラー率いるナチ党がドイツの政権を掌握。多くの軍人は軍の復権も含まれるこの動きを単純に歓迎したが、ヒトラーに懐疑的な貴族出身の将校も少なくなかった。その構成員に軍人貴族とは程遠い、単に右傾化した乱暴者をも含んだ突撃隊(SA)や親衛隊(SS)といったヒトラーの私兵ともいえるナチ党の暴力装置が、警察や軍に準じた権限を持つようになることを懸念していたのだ。

 だがそれでも、ヒトラーの政策が順調だった頃は、こういった問題もクローズアップされる訳ではなかった。

「まあとりあえず『オーストリアの伍長閣下』もうまいことやっているようだ」

 軍人貴族出身でヒトラーに反感を持つ将校たちは、かつてパウル・フォン・ヒンデンブルク大統領が好きではないヒトラーを評して言った『オーストリアの伍長閣下』という渾名で、かように揶揄することもあったという。

 

 しかし、やはり軍内部の水面下では反ヒトラー、反ナチズムの動きも存在していた。とはいえ、当初、彼らは特に繋がりのないバラバラな状態にあった。何しろ反ヒトラーは即ち反独裁者であり、それが「お上」に知れたら合法非合法を問わずどんなしっぺ返しを食らうかわからない以上、安易に自らの考えを開陳できないのは当然だろう。

 ところが、社会的立場の高い反ヒトラー派の人々を繋ぐ人物が登場した。国防軍情報部長官ヴィルヘルム・フランツ・カナリス海軍大将である。いかにも上流階級出身の高級海軍将校らしい高い知性と教養に加えて好奇心に溢れた彼は、ヒトラーが成し得た国威回復だけは評価したものの、それ以外の野蛮で粗暴な政策を嫌っていた。彼は自分と同様の考えを持つ高級軍人や社会の主導層の人物が意外にも多くいることを知ると、彼らを繋ごうと考えた。そしてそのために、情報部長官という肩書を利用することにした。

 かくしてカナリスは、極秘裡に元陸軍参謀総長ルードヴィッヒ・ベック大将、その後任の参謀総長フランツ・ハルダー大将、ベルリン地区司令官エルウィン・フォン・ウィッツレーベン大将、第1軽師団長エーリヒ・ヘップナー少将、かの海軍大臣ティルピッツの娘婿でイタリア駐在大使のウルリヒ・フォン・ハッセル、元ライプチヒ市長カール・ゲルデラー博士、弁護士ハンス・フォン・ドーナニー博士、ドイツ国立銀行総裁ヤルマール・シャハト、スイス駐在ドイツ領事館員ハンス・ベルント・ギゼビウス、刑事警察局長アルトゥール・ネーベ、ベルリン警察長官ウォルフ・ハインリヒ・フォン・ヘルドルフ、ドーナニーの義父の精神医学者カール・ボンヘファー教授、法律家ファビアン・フォン・シュラブレンドルフら、高い知性と教養、そして人間としての常識を備えた反ヒトラーの名士たちを繋いだのだった。

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白石 光

しらいし ひかる

戦史研究家。1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。


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