SL大樹(たいじゅ)のミニ汽車旅 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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SL大樹(たいじゅ)のミニ汽車旅

短くも楽しい35分

SL大樹、下今市駅ホームに入線

 8月10日から走り始めた東武鬼怒川線のSL「大樹」。さっそく乗ってみようと思い、混雑するお盆休みを避けて、20日以降の平日を狙ってみた。しかし、予想以上の人気で、1日3往復走るうちの、午前とお昼過ぎの便は満席だった。でも、夕方の5号と6号には空席があるという。初めてなら下りの下今市発鬼怒川温泉行きに乗ってみたいので、5号を予約した。幸い窓側の席だった。

 スペーシアやリバティといった特急ではなく、のんびり急行を乗り継いで現地入りしたのがお昼頃。時間はたっぷりあるので、とりあえずSL大樹3号と4号の撮り鉄をしてみることに。どちらも中間駅の新高徳付近で撮影し、下今市駅に戻ると、発車まで1時間を切っていた。駅構内にあるSL展示館で写真や模型を眺めて時間をつぶし、ホームに出ると、SL「大樹」は、構内で入換を行っていて、やがて2番線に入ってきた。

浴衣姿のSLアテンダントさん

 ホームに停車すると、青い客車の前では、浴衣姿の若い女性がポーズを取って写真を撮らせてくれる。車内で案内をするSLアテンダントさんだ。普通は制服姿のようだが、8月末まで、しかも夕方の5号、6号限定のファッションとのこと。笑顔で応対してくれた。

製造時の姿に復元された14系客車車内(報道公開時に撮影)

 車内に入る。茶塗りの旧型客車とは異なり、エアコン付き、ドアは自動の「新型客車14系」だ。とはいえ、誕生したのは1972年だから製造後45年。もはや「旧型」といっても違和感はなかろう。さっそく席につき、リクライニングさせるが、からだを起こすとバタンと音を立ててシートが元に戻ってしまう安普請。もっとも、これが往時の仕様だったので、ある意味、半世紀近く前の鉄道旅行の雰囲気を再現した懐かしくなる造りだ。

 これまた感涙ものの車内放送開始のチャイムとして一世を風靡した「ハイケンスのセレナーデ」が流れる。このメロディーを聴くとブルートレインなど客車列車の旅を思い出す。

 過去の追憶を遮るように大きな汽笛が鳴って、列車はゆっくりと動き出した。窓外では手を振って見送ってくれる人が大勢ホームに立っている。いよいよ汽車旅の始まりである。

 電車のようにぐんぐん加速することはなく、前後にごとごと振動しながら進む。先頭の蒸気機関車に引っ張られている感触は汽車ならではのものだ。東武日光線と分かれ、右にカーブしながら大谷(だいや)川の鉄橋にさしかかる。単線下路式プレートガーダーという窓の下あたりから下が隠れる構造なので、視界がやや遮られる。それでも河原のゴルフ場は確認できた。左手には日光連山が見えるはずだが、曇り空のためはっきり見えない。

 大谷川を渡り、大谷向(だいやむこう)駅を通過するころになっても、スピードはさほどあがらない。ゆっくりと威風堂々の行進といったところか。浴衣姿のアテンダントさんが指定券をひとりひとりチェックしながら、記念乗車証とSLアテンダント通信を配っている。記念乗車証は、SL大樹の写真入りだが、乗る列車によって写真が異なるとのこと。2枚以上6枚まで集めると記念品がもらえるそうだ。次回は、5号以外の列車に乗ってみなくては・・・。SLアテンダント通信は、カラフルな手書きの案内を印刷したもの。沿線の見どころをイラスト入りで解説していて楽しい。

 アテンダントさん以外にも、記念写真スタッフが回ってきて、ポラロイドカメラで記念写真を撮ってくれる。大樹のヘッドマークのレプリカを手にポーズを取るとシャッターを押す。台紙がSL大樹の写真とイラスト入りのオリジナルなものなので、記念にと多くの人が買っている。強制ではないと念を押されても、映りがイマイチと思いつつ、私も1100円払って買ってしまった。東武さん、なかなか上手い商売だなあ(笑)

 そのほか、車内販売のワゴンも回ってくる。こちらは、SL大樹グッズや飲食の販売だ。SLにちなんで黒いアイスというのが目を惹く。冷たすぎるものはお腹にこたえるので、これはやめておいた。

 汽車は、あいかわらずゆっくりとした歩みだ。林の中を抜け、開けた田圃の中を走り、大桑駅を通過する。電車とスピードは格段に異なるけれど、電車の場合は単線による列車行き違いのため、2ヶ所程で数分停まることがある。一方、SL大樹は、のろのろと進みつつも各駅で対向電車が待っていてくれる「殿様列車」なので、停車によるロスタイムがない。したがって、スピードが遅くても鬼怒川温泉駅まで最大10分程度の差でしかなく、後続の電車に追いつかれないで済むのだ。

 やがて汽車は砥川橋梁に差し掛かる。鉄橋の半分より先は、上路プレートガーダーと呼ばれる、赤茶けた鉄骨で覆われている。この鉄橋は先頃、国の登録有形文化財に指定された歴史的建造物だ。

鬼怒川を渡るSL大樹3号

 このあたりから、線路は上り勾配となる。汽車は喘ぎ喘ぎさらに遅く進む。窓外を煙が流れ、線路際の雑草や花が手に取るようにはっきりと分かる。並行する道路脇に立っている「これより鬼怒川川治温泉郷」という看板が目に入ると、列車は鬼怒川の鉄橋を渡る。ごつごつとした岩が河原に転がり、なかなかの景勝地だ。撮り鉄の撮影名所でもあり、河原では三脚を立ててSL大樹を撮影している人が何人もいた。

 鉄橋を渡りきると左へ急カーブ。ますます遅くなり、停まるかと思うほどのスピードで進み、やがて新高徳駅を通過する。SLが息切れしないよう最後尾ではディーゼル機関車が後押ししてくれている。

 小佐越駅を過ぎると、唯一の停車駅東武ワールドスクエア駅に到着する。下今市駅を発車して以来、やっと一息つけた。テーマパークに入場するには遅い時間にもかかわらず、何人も下車したのは、駅周辺にある宿泊施設に向かう人たちだろう。この駅は7月下旬に開業したばかりで、ワールドスクエアのみならず近くのホテルなども徒歩で行けるようになり、恩恵を受けたことであろう。

 1分程の停車で、SL大樹は発車。すぐに鬼怒立岩信号場を通過し、ここより鬼怒川温泉駅までは複線となる。とは言っても、それほど速くなることもなく、最後までゆっくりした歩みで、終点鬼怒川温泉駅の3番線ホームに到着した。降りると、さきほどの浴衣姿のアテンダントさんや大樹のマーク入りのブルゾンを着たスタッフが挨拶してくれて短くも楽しい35分の旅は終わった。

鬼怒川温泉駅前広場で方向転換するC11形SL

 5分もしないうちに、蒸気機関車と車掌車は切り離され、構内を行き来しながら駅前広場に新設された転車台へ向かう。人の流れに逆らわず、改札をでて広場へ。まもなく姿を現した蒸気機関車が方向転換する姿を撮影し、その後、近くの陸橋から下今市駅へ戻るSL大樹6号を見送ってこの日の締めとした。

夕闇迫る鬼怒川温泉駅を後にするSL大樹6号

取材協力=東武鉄道

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