水をぶっかけた悪妻を天才・哲学者はいかにいなしたのか。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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水をぶっかけた悪妻を天才・哲学者はいかにいなしたのか。

天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。ソクラテス<中>愛と結婚編

いまも語り継がれる哲学者たちの言葉。自分たちには遠く及ぶことのない天才……そんなイメージがある。そんな「哲学者」はいかに生き、どのような日常を過ごしたのか?

紀元前469年頃 – 紀元前399年4月27日。

罵詈雑言を平然と受け流したソクラテス

 ソクラテスの妻、クサンティッペ(Xanthippe)は悪妻として知られてきた。辞書の“Xanthippe”という項目に「口やかましい女」「悪妻」という意味が載っているほどだ。
 クサンティッペはどのような女性だったのだろうか。残されている逸話からはかなり気性が激しく、感情の起伏が大きな女性であったことがうかがえる。
 
 ある時、がみがみと小言を言っていたクサンティッペは、次第にヒートアップしてしまいソクラテスに水をぶっかけた。だがソクラテスは「ほうら、言っていたではないか。クサンティッペがゴロゴロと鳴りだしたら雨を降らせるぞって」と、平然と受け流したという。
 
 またある時、街の広場で取っ組み合いの夫婦喧嘩が始まった。クサンティッペがソクラテスの上着まで剥ぎ取ろうとするのに対して、ソクラテスは抵抗しなかった。その様子を見ていた人が、手で防いだらどうかと言うと、ソクラテスは「われわれが殴り合っている間に、周りの人が『それいけ、ソクラテス!』『そらやれ、クサンティッペ!』と囃し立てるためにはいいかもしれないね」と答えた。
 
 結婚したほうが良いか、それともしないほうが良いかという問いには「どちらにしても、君は後悔するだろう」と答えた。
「気性が激しい女性と暮らすのは騎手がじゃじゃ馬と暮らすようなものだ。騎手がじゃじゃ馬を手なずけるなら、他の馬もらくらく乗りこなせる。ぼくもまたそのとおりで、クサンティッペと付き合っていれば他の人びととはうまくやれるだろう」
 ソクラテスは常日頃からこのようなことを口にしていたそうだ。
 
 ソクラテスとクサンティッペが結婚した時期ははっきりとはわからない。彼が亡くなったのは70歳で、その時にラムプロクレスという17~18歳くらいの息子と二人の幼児がいたそうなので、クサンティッペは40歳前後だったと思われる。ということは、ソクラテスとは30歳ほどの年の差があったのだろう。二人が結婚したのは、ソクラテスが50歳前後の頃ではないだろうか。

 彼にはもう一人、ミュルトという妻がいたとも言われている。当時のアテネでは相次ぐ戦争と疫病のため人口減少が問題となっていて、子供を増やすために複数の女性との間に子供をもうけることが認められていたために、ソクラテスもそうしたと考えられる。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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