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「ポスト・トゥルース」時代に必要な大前提

トランプ・タワーでオバマが盗聴をしていた――!?

情報に踊らされないために 

 人間の認識と思考は不完全で、時に非合理的でさえある。ある時には「これ以上修正しようがない」と思えるほどに正しい考え方であったとしても、いつかは修正される可能性が秘められている。

 世界の中の、ある特定の位置に立ち、ある特定の視点から世界を見つめざるを得ない人間は、世界の外側から世界を見つめるような「神の視点」に立つことはできない。人間は、どうしても特定の立ち位置から見た偏った情報しか得られないものなのだ。

 だから、メディアの報道も、どれだけ入念に情報を突き合わせて確認し、主観を排除した表現をしようとしても、人間が描き出すものである以上、事実を完全な形で捉えて、全くの客観的な表現をすることはできない。
 しかし、だからと言って、正しく、客観的な情報を伝えることを諦めなばならないわけではない。何かの情報を発信する時には、正しさや客観性への限界を受け入れつつも、その限界の範囲内で可能な限り正しく、客観的な情報を伝えようとしていかなければならないのではないだろうか。

 複数の情報を可能な限り突き合わせて、検証し、裏を取ることで、現時点ではこれ以上ないほどの正しさを保証できるようになるだろう。
 ある情報や意見表明に対して、複数の人によって開かれた議論が行われ、真偽が論じられることで、完全に客観的ではなくとも、現時点ではこれ以上確保できないほどの客観性を得られるだろう。

 情報を発信する側だけでなく、情報の受け手となる側でも同じように、正しさや客観性への限界を前提とする必要がある。
 個人がSNSで発信する情報でも、大手メディアが報道する情報でも、人間が発する情報は完全に正しく客観的ではあり得ない。人間が世界を認識して、情報として切り取り、形にして、メディアを通して発信する以上、その人が置かれている特有の立ち位置や視点を完全に排除することはできない。

 ただ、正しさの確実さや、主観の強弱はそれぞれ異なってくる。受け手側でも、常に情報に対して疑いを持ち、どれだけの正しさや客観性が担保されているのかを見極める「リテラシー」が必要とされる。
「フェイクニュース」と「ポスト・トゥルース」の現代で情報に踊らされないためには、人間は究極かつ完全な正しさと客観性を手にすることはできないという前提に立ちつつ、その限界の中で、できる限り正しく、客観的であろうとする。そういった観点からの「リテラシー」が大切なものとなるだろう。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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