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第78回:「歯医者 キャンセル」

<第78回>

6月×日

【歯医者 キャンセル】

 

「果たして自分に、こんなことができるのか…?」

電話を手にして、僕は自らに問いかけていた。

「いや、できる。自分は、できる男だ。自信を持つんだ…」

自分に、そう言い聞かせる。

「迷うことはない。正々堂々、相手にぶつかるんだ」

深呼吸をする。心臓音が高鳴っているのが、はっきりとわかる。

電話先の相手が、出た。緊張の一瞬が、訪れた。

僕は、歯医者の予約をキャンセルするため、電話をかけていた。

2週間前、突然に銀歯がとれた。

すぐさまネットで家の近くの歯医者さんを調べ、予約を取り、速やかに治療を行った。銀歯は再び、僕の奥歯へと鮮やかに舞い戻った。

さあ、あとは家に帰って、元通りになった奥歯で思うぞんぶん、咀嚼を楽しむぞ!砂肝とか噛むぞ!と晴れやかな気持ちで受付にお金を払った。すると受付のお姉さんが、思いもよらないことを僕に告げてきた。

「次回は、1週間後に来てください」

僕は、動揺した。銀歯の治療はもう完了したのに、なぜ1週間後にまた…?

「今日見つかった虫歯を治療しますので」

なるほど。銀歯の治療中に、右奥歯に新たな虫歯が発見されたらしい。考えてみれば、3年ぶりの歯医者。3年間も歯のメンテナンスを放っておけば、そりゃ銀歯もとれるし、新しい虫歯だってデビューするだろう。

「わかりました」

僕は1週間後に、予約を入れた。

そして、1週間後。僕はきちんと歯医者に出向き、つつがなく右奥歯の治療を終えた。

さあ、こんどこそ元通りになった奥歯で思うぞんぶん、咀嚼を楽しむぞ!今夜は咀嚼祭りだ!ビーフジャーキーでもレゴブロックでも、どんどん持って来い!と晴れやかな気持ちで受付にお金を払った。するとお姉さんは、こんなことを告げてきた。

「次回も、1週間後に来てください」

僕は、またしても動揺した。この茶髪の女は、いったい、なにを言っているのだろうか。もう虫歯の治療は完了しているのだ。ここに来る理由はもうないのだ。この受付のお姉さんはアレなのか、「うちの家では飼えないんだよ!」と言ってるのに「くうん」とか鳴いてあとをついてくる捨て犬なのか。

「こんどは前歯に虫歯が見つかったので、その治療をします」

受付のお姉さんは、そう平然と言い放った。

「わかりました」

そう言いながらも、釈然としなかった。銀歯をはめにいくだけのはずだったのに、いつの間にか虫歯の治療のために通院することになっている。いつの間にか受付のお姉さんの言いなりになっている。このままだと、

「こんどは口内炎が見つかりましたので一週間後に来てください」

「こんどはあたしの背中を掻いてほしいので一週間後に来てください」

「こんどはあたしの誕生日パーティーがあるので一週間後に来てください」

「こんどはいつ会える?なんで昨日、LINE返してくれなかったの?既読状態になってたよ?一週間後に来てください」

と受付のお姉さんはどんどん要求をエスカレートさせて、僕は永遠にこの歯医者に通うことになるのではないか。

不安を胸に、僕は家路へとついた。

そして今日。約束の、前歯を治療する日。

朝、目が覚めて、時計を見ると予約した時間の1時間前だった。

クイックで、こんなことを思った。

「キャンセル、しようかな」

だるかった。ものすごく、だるかった。

特に痛みのない前歯を治療しなければならないこと、及びどうせまた受付で次回の予約を半強制的に入れられること。そのふたつが合わさって、急激なだるさに襲われた。ああ、このまま一生、ベッドの上で天井を見つめていたい。布団の中で寝返りを打つと、だるさはピークへと到達した。

僕はここで提言したい。「三回目の歯医者ほど、だるいものはない」と。

寝たまま、iPhoneを取り出し、「歯医者 キャンセル」で検索した。

YAHOO!知恵袋に羅列される、数々の「歯医者さんを無断でキャンセルしてはダメですか?」の質問たち。ああ、やはりみんなも、このだるさと闘っているのだな。同志を得た思いで心強さを感じ、ますます「歯医者をキャンセルしよう」という意志が確固たるものになる。

しかし、それら質問群に対しての回答はこのようなものだった。

「無断キャンセルはダメです。せめて電話でキャンセルしましょう」

そうだ。無断キャンセルは、ダメだ。歯医者さんだって、人間。無断キャンセルをされたら、不快な気持ちになるだろう。歯医者さんを敵にまわすのは、怖い。ドリルとか麻酔薬とかX線とか、歯医者さんはおだやかでないアイテムを兼ね揃えている。歯医者さんを不快にさせてしまっては、夜道も安心して歩けなくなる。無断キャンセルは、ダメだ。

僕はそのまま布団の中で、歯医者さんに電話をかけることにした。

「迷うことはない。正々堂々、相手にぶつかるんだ…」

電話を耳に当てながら自分を励ましていると、相手が出た。あの受付のお姉さんだった。

「はい、○○歯科です」

その瞬間、僕はプチパニックに襲われた。

キャンセルの理由を、用意していない!

「あの、今日予約していた、ワクサカですが…」

勢いに任せて、名前を告げる。

「はい、どうされました?」

さあ、どうする、自分。いそいでキャンセルの理由を造らなければ大変なことになる。

「すいません、観たいテレビドラマがあるので、キャンセルで」

ダメだ、ライトすぎる。

「すいません、家が全焼したので、キャンセルで」

ダメだ、ヘビーすぎる。

「すいません、手術台の上でミシンとコウモリ傘が出会ったので、キャンセルで」

ダメだ、シュルレアリスムすぎる。

ここはひとつ、仮病で行くしかない。そう腹を括り、言葉を継いだ瞬間、僕は自分の耳を疑った。

「すいません、歯が痛いので、キャンセルで」

おお、何を言ってるんだ、自分!腹が痛いとか、耳が痛いとか、甲子園決勝で創った古傷が痛いとか、いくらでもあったはずなのに、なんで歯医者に「歯が痛い」と告げているのだ!下手か!

電話口で受付のお姉さんが小さく「え?」と漏らしているがわかった。

「歯が、痛いんですか?」

「あ、いや、はい、歯が…」

「え?キャンセルですか?」

「あ、はい…」

「…歯が痛いんですよね?」

「…ええ」

「すぐにいらっしゃったほうがいいと思いますが…」

「…そうですよね」

こうして僕は、今日も歯医者に行った。

受付のお姉さんとは、目も合わせられなかった。

次回も一週間後に、予約を入れられた。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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