【老婆心(ろうばしん)】なぜお節介なのは「爺さん」でなく「婆さん」なの?《異種1テーマ格闘コラムvsマンガ》 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【老婆心(ろうばしん)】なぜお節介なのは「爺さん」でなく「婆さん」なの?《異種1テーマ格闘コラムvsマンガ》

【連載マンガvsコラム】期待しないでいいですか?Vol.4

◼️妹・吉田潮は【老婆心】をどうコラムにしたのか⁉️

 人様と話をしていて、自分の夫を「主人」と呼ぶ女性がいると、心がザワつく。「夫が主人なら、あなたは従者? 奴隷? 下僕?」と、喉まで出かかって飲み込む。何か卑屈でイヤな呼称だなと思う。深い意味はなく、丁寧語や謙譲語で使っているとしても、違和感を覚えないその鈍さを憂う。では、「ダンナ」となると、これはこれで「あなたは番頭? 手代? それとも丁稚?」と出かかる。「へへっ、ダンナもお目が高い」って揉み手で近づく火野正平が脳内に登場してしまう。
逆に、男性が使う「女房」「奥さん」「かみさん」もなんかしっくりこない。こないが、男性がどう呼ぼうと知ったこっちゃねえ。もちろん、刑事コロンボが登場する余地は1ミリもない。さらには「愚妻」なんて死語を使おうものなら白眼視される時代だ。愚妻という言葉を使っていいのは現首相だけ。本人はそれ以上に愚だけど。

 とにかく呼称はどれもこれもザワつく。日本語の呼称って上だの下だの前だの奥だの、立ち位置を示すのが奇妙だ。横に並んでいる感じがない。「夫」と「妻」が最もすんなり受け入れられる。こうるさいかもしれないが、己の感覚は大事にしたい。
そういえば、テレビドラマ「カルテット」(2017年・TBS)の中で、登場人物たちが使う言葉が実にしっくりきた。松たか子の夫のことを「ご主人」ではなく「夫さん」と呼んでいたのだ。ドラマ内だけでなく、日常でも耳慣れない呼称ではあるが、「ご主人」をあえて避けた感覚に、めちゃくちゃ好感を抱いた。心に凪が訪れた記憶がある。そこにこだわらない人にとってはどうでもいいことかもしれないが、些細な共感の積み重ねは絶大な信頼へと育つものである。そんなドラマは稀だけど。

 呼称でいえばもうひとつ。「おまえ問題」がある。夫婦でも恋人でも、相手を「おまえ」呼ばわりする人がいる。懇ろになった間柄で、おまえと呼ぶ人は苦手だ。おまえの前に名前があるだろうと。過去に、おまえ呼ばわりする人と付き合ったことがない。幸いにも、おまえ呼ばわりするような人からはまったく好かれなかった。
おまえ呼ばわりに「親密さ」を覚えて、胸が高鳴る人もいるかもしれない。私は高鳴るどころか血の気が引く。おまえと呼ぶのは「下に見ている」と感じてしまうから。いや、しかし、待てよ。そうとは限らないのではないか……?

 おまえを漢字にすると「おまえ【御前】」

 こういうときは複数の辞書をひくに限る。

 「もとは目上を、今は主に男性が同等あるいは目下を指す」(広辞苑)
「<古くは目上の人に対して用いたが、近世末期からしだいに同輩以下に用いるようになった>二人称の人代名詞。親しい相手に対して、または同輩以下をやや見下して呼ぶ語」(大辞泉)

 「同等または目下の相手をさしていう語。多く男性が使う。「お前」は接頭語「御」が「前」についたもの。もとは神仏や貴人の前を敬って言ったが、貴人を直接ささずに、「お前」と婉曲に表現したことから代名詞として使用されるようになった。江戸時代初期までは高い敬意をもって用いられたが、その後しだいに敬意の意味が弱くなり、同等や目下に対して用いるようになった」(暮らしのことば 語源辞典)

 なるほど。私の感覚では大辞泉の「やや見下した」のニュアンスが強かったのだが、決して下に見ているだけの言葉ではないとわかった。同等や同輩、親しみでもあるのだと。そこで、はたと、もうひとつの言葉が浮かぶ。

 「きさま【貴様】」である。

 漫才コンビの千鳥(個人的にはくべえ女将ネタが大好き)がCMで、「きさまは?」と尋ねるシーンは有名だが、本来「きさま」は相手を罵ったり挑発したりするときに使うイメージ。でも、漢字にすると「貴様」。なんだか敬意を払っているような気もして、不思議な言葉だなあと思っていた。どの辞書にも「相手を罵るときに使う」とあるので、「おまえ」よりはひどい扱いなわけだ。
時代によって、場面によって、使う人によって、ニュアンスが変わる。「おまえ」は苦手でも、「きさま」は漢字が頭に浮かび、けなされてるんだか敬われてるんだかわからなくなり、腹が立たない。不思議。千鳥の大悟効果かもしれないけれど。

 時々、現政権の悪口を原稿で書くことがあるのだが、そうすると必ず年輩の男性と思しき人から奇天烈なメールが届く。届くのだが、「貴女は」「貴殿は」と書いてあり、なんかちょっと和む。いや、中身は私に対する罵しりと見下しなんだけどね。

 あ、しまった。お題は「老婆心」だった。
きっかけは「余計な世話をやくのがなぜ老婆なのか。老爺だって余計な世話をやいたり、不必要なことを言ってくるのに?」と思ったことだ。つらつらと考えているうちに、「好々爺(こうこうや)」という言葉も浮かんだ。人の好い、にこにこした優しそうな老人という意味だが、なぜ「婆」じゃなくて「爺」なのか。にこにこした婆はそこらじゅうにたくさんいるが、にこにこした爺はレアケースだからか?

 前述の、私にメールをよこす爺は「余計なお世話のメールを送り付けてくるし、どう考えても不機嫌な様子」である。爺だが、老婆心であり、非・好々爺だ。これをネタにと思っていて、辞書をひいていたら気になり始めちゃって脱線したのだ。

 言葉はナマモノで、時代と共にどんどん変わる。入水は「ジュスイ」だと思っていたのにいつの間にか「ニュウスイ」でもOKとなり、重複は「チョウフク」のはずが「ジュウフク」とも読まれるようになった。「主人」という呼称もいつの間にか廃れることを願う。

 (連載コラム&漫画「期待しないでいいですか」? 次回は来月中頃)

  

  

  

KEYWORDS:

毎月14、15日頃連載コラムvsマンガ「期待しないでいいですか?」

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吉田 潮

よしだ うしお

コラムニスト

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。ライター兼絵描き。



法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない イケメン図鑑』(河出書房新社)ほか多数。本書でも登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。



公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/



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