アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】 ニヒリズムの2(20/21)世紀の四半世紀が過ぎて

共和党下院議員と会合したトランプ大統領(2026年1月6日)

 

1.モラルゼロの始まり

 

 年頭にあたって、所感のようなものを書いてみようと思う。というのは、いつものようにフィッツロイ氏のSubstackへの投稿「《モラルゼロ》2026年へのドア」(28/12/2025)を読んでいて、そんな気になったからである。

 というわけで、Substackは有料のサブスク記事なので、究極の自然法シャリーア(≒イスラーム法)の教える「良識」に従って一部だけ引用転載させてもらいながら話を進めよう。

 《2026年は、2025年に始まっていたと、後で振り返ることになるだろう》とフィッツロイは述べる。その意味は2026年は一呼吸のコンテキストの流れの中にあるということである。そのコンテキストの流れとは、2025年の《強い者が勝つ》から2026年には《強い者だけが人間並の暮らしを出来る世界》に一歩進んだ、ということである。

 フィッツロイはそのコンテキストの源泉を「integrity(誠実さ)の消滅」「モラルゼロ」と呼ぶ。モラルゼロとは「社会の根幹が失われること」である。日本だけでなくアメリカにおいても、社会は1998年から「失われた30年」が続いており、ちょうど2025年までのこの30年が取り返しがつかない、100年はかかる崩壊の始まりだというのである[1]

 「《モラルゼロ》2026へのドア」は全編興味深いが、引用はここまでにして、ここからは筆者自身の議論に引き付けて年頭所感らしきものを書こう[2]

 

2.ニヒリズムの世紀

 

 フィッツロイの問題関心では、2025年は100年続く崩壊が始まる「失われた30年」の一区切りの年である。しかし筆者はこの2(20/21)世紀を「私が語るのは、これからの二世紀の歴史である。私は来たるべきもの、もはや別様には来ないもの──ニヒリズムの到来──を描写する」(『力への意志(Der Wille zur Macht)』序文)と「ヨーロッパ最初の完全なニヒリスト」と自称したニーチェが予言したニヒリズムの時代と位置づけている。

 つまり筆者の問題関心に照らせば、2026年はニヒリズムの二世紀の前半(20世紀)が終った後、後半(21世紀の)の四半世紀が過ぎ去りいよいよニヒリズムがその本性を顕し始める時代となる。フィッツロイの謂う「integrityの消滅」「モラルゼロ」「社会の根幹が失われること」もニヒリズムの一形態と言うことができよう。

 

3.トランプのベネズエラ侵攻

 

 とここまで書いた時点で想定外の出来事が起きた。トランプ米大統領によるベネズエラのマドゥラ大統領夫妻拉致誘拐事件である。これもインテグリティの消滅、ニヒリズムの現象形態であるが、先ずは予定を変更して《時評》らしく現象について解説していこう。

 2026年1月3日、トランプ米大統領は、ベネズエラの首都カラカスにデルタフォースを派兵し、ニコラス・マドゥロ大統領を麻薬、武器の密輸などの罪で米国での司法で裁くために拉致しアメリカに連行した。

 

ニコラス・マドゥロ大統領

 

 米国とベネズエラの当局者によると、マドゥロは12月下旬に辞任してトルコへの亡命を受け入れるようにとのアメリカからの最後通告を拒否した。その数日後、アメリカが麻薬取引に使われているとされるベネズエラの港湾を攻撃した後、マドゥロは英語で「No crazy war(狂った戦争はない)」と繰り返しながらビート音に合わせて踊るパフォーマンス映像を配信した。このマドゥロの挑発的な態度に嘲笑されたと感じたトランプは2026年1月3日に警告を実行に移しデルタフォースをカラカスに派兵し夜明け前に急襲を行い、マドゥロと妻のシリア・フローレスを拘束し、麻薬取引の容疑でニューヨークに連行した。

 

デルタフォースをカラカスに派兵し夜明け前にベネズエラを急襲し攻撃。さらに大統領夫妻を拘束する作戦を見守るトランプ大統領と政権幹部(2026年1月3日)

 

 同日トランプは米国が石油利権を取り戻すために一定期間ベネズエラを支配する意向を表明し、ベネズエラ暫定指導者に対し、米国の要求に従わなければ、捕らえられたニコラス・マドゥロ大統領よりももっと大きな代償を払うことになると警告した[3]

 1月4日、ベネズエラ最高裁はデルシー・ロドリゲス副大統領に大統領職務の代行を命じ、同日、彼女は暫定大統領として政務を引き継いだ。政権は国家の制度的連続性を確保する一方、政治的には依然としてマドゥロを唯一の正統な大統領と位置づける立場を維持した。内相カベージョおよび国防相パドリノは、米国による軍事行動を主権侵害と非難し、軍と治安部隊が全国規模で警戒態勢に入ったと表明した。

 

デルシー・ロドリゲス暫定大統領

 

 5日には、米国の行動を支持・協力した者を捜索・拘束する非常措置が公表され、国内統制の強化が明確化した。同日、ロドリゲスは対米関係について「協力の可能性」に言及し、対外的には一時的に柔軟な姿勢を示した。しかし6日以降、彼女は「いかなる外国勢力もベネズエラを統治していない」と繰り返し発言し、主権と統治権の所在を強調する路線へと転じた。7日にも同趣旨の発言が続き、非常事態下での捜索や拘束が進行していることが報じられた。8日には、大統領警備隊と軍防諜部隊の長であるハビエル・マルカノ・タバタ将軍がマドゥロ前大統領の連絡先情報を米軍に漏らし防空システムを無効化したとして国家反逆罪で告発されている。また米軍行動による死者数が初めて公式に示され、同時に戦没者を悼む一週間の服喪が宣言された。これら一連の対応は、非常時における政権の正統性維持、国内統制の強化、対外的主権主張を同時並行で遂行しようとする危機管理戦略であったと考えられる[4]

 


[1] フィッツロイは1998年に1930年生まれのアメリカの投資家ウォーレン・バフェットのフロリダ大学のMBAでの講義での言葉「人を雇うとき、われわれは3つの要素を見ている。知性、活力、そしてintegrityだ。もしintegrityがないならば活力と知性がきみを殺すだろう」と、1971年生まれでフィッツロイが謂うところの「ゲーマー」の代表的起業家イーロン・マスクの2025年2月の大統領選挙運動中のポッドキャスト「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」(The Joe Rogan Experience)での「西洋文明の根本的な弱点は共感(empathy)である」との発言のそれぞれが、1998年から2025年までの間にアメリカ社会からintegrityが失われたことを象徴する言葉だとしている。

 フィッツロイの2025年12月11日付の『Substack』の論考「オーソリタリアン・スタック 2  J.D.ヴァンスの役割」によると、ゲーマー一族とは、イーロン・マスクや元トランプの政策顧問の起業家ピーター・ティール(1967年~)や「トランプ2.0」の副大統領のJ.D.ヴァンス(1984年~)などのこと。彼らは、民主制を《バグだらけの古いソフトウエア》と看做して《最早、パッチをあててのバグフィックスで問題を解決するのは無理でOSそのものを入れ換えなければならない》と考え、ドナルド・トランプという《頭が悪いコンテクストを理解できない乱暴者の壊し屋》を権力中枢に送り込むことによって《古びてバグだらけ」の民主制を根底から破壊し、アメリカが戦後体制として80年をかけて築き上げたものをとにかくなにもかもぶち壊してしまおう》としているという。
[2] と言いながら、もう少しだけ、カリフ制再興より日本の現状に興味がある読者向けのサービスに「《モラルゼロ》2026へのドア」の日本論の一部の要旨を搔い摘んで紹介しておこう。

 韓国と中国は日本の成功と失敗を深く研究して過去の自分たちの停滞を認め、自分たちがいかに愚かであったか見つめることの痛みに耐えて財閥を解体したり、規制を緩めたりして問題を一つ一つ解決して年々成長を遂げていた。その一方で日本は怠惰と白人至上主義者そっくりの《根拠のない優越感》で醜く歪んだ自分の顔を鏡を見れば、あっというまに解決できただろうに、ただ自分と正面から向き合う勇気が持てなかったという子供じみた理由で初めはゆっくりであったが加速度的に直滑降で破滅への斜面を滑り落ちている。格好の実例は、新しくデザインを起こしたカスタムLSIをためらいなく使った小さくて「tidy」な中国製・韓国製の中身に比べて、大言壮語の十分の一もない実力で怠惰と真剣さの欠如を形象にしたような既存チップを組み合わせて使ったゴチャゴチャと汚い半導体ゴミ屋敷じみた日本製品なのである。

[3] Cf., Josh Dickey, “Maduro’s ‘Regular Public Dancing’ Was a Factor in Trump’s Decision to Strike Venezuela, NYT Reports”, The Wrap, 2026/1/5.
[4] Cf., “Venezuela's Supreme Court orders Delcy Rodriguez become interim president”, Reuters, 2026/1/4, “Venezuela orders police to find, arrest anyone involved in supporting U.S. attack-decree”,

Reuters, 2026/1/5, “New Venezuela Leader Says ‘No Foreign Power’ Running Country”, AFP, 2026/1/7,

“Espionnage et trahison démasqués – Le Général Marcano Tábata arrêté sur ordre de Delcy Rodríguez”, APR NEWS, 2026/1/8, “Venezuela attack by US left 100 people dead, says minister”, Reuters, 2026/1/8.

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 納税者としては政治の要領の悪さがもどかしく悔しいかぎりである。

 私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。

 (中略)

 そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。

 「日本の政治に足りないものはなんだろう?」情報収集力? 国会の合議能力? 内閣の利害調整能力?  首相のメディア・アピール能力?  国民の権利を保証するマトモな選挙?  国民の参政意識やそれを育む教育制度?

 課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。

 (中略)

 本書では、行政府であるホワイトハウスにスポットを当てて同じテーマを追及した。「世界一強い男」が作られていく課程である大統領選挙の様子を描写することによって、大統領になりたい男や大統領になれた男たちの人間としての顔やフッーの国民が寄ってたかって国家の頂点に押し上げていく様をお伝えできるものになったと思う。 I hope you enjoy my book.」

(「はじめに」より抜粋)

 

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ALL ABOUT THE U.S. PRESIDENTIAL POWER

How much do you know about the worlds’s most powerful person―the President of the United States of America? This is the way how he wins the Presidential election, and how he rules the White House, his mother country, and the World.

<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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