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自然と人工の割合について考える【森博嗣】連載「道草の道標」第11回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第11回

 

【今後すべてが人工になるのか?】

 

 自然と人工の比率は、時代とともに変化し、当然ながら、人工物の割合は増加している。人類はそれだけ沢山ものを作るようになった。ものを作る方法もどんどん増えているし、ものを作る道具や機械も増加の一途。食べるもののほとんどは人工のものになったし、もちろん、着るものも、住むところも、交通も都市も、またエネルギィも作っている。つまり、今やおおかた人工物によって人間は生きている。自然から直接的に受け取れるものは非常に少ない。おそらく、屋外の空気くらいではないだろうか。水だって、自然の水そのままではない。生で食べられるものでも、検査をし、洗い、形を変えて食卓に並ぶ。ほとんどの食品は加熱され、調味料が加えられている。

 大学の講義でよく話したのは、もしも江戸時代にタイムスリップしたら、現代の知識を活かして、立身出世ができるだろうか、いったいどのようにして現代技術を披露することができるか、という問いである。

 江戸時代に、既に金属加工の技術はあった。日本刀も鉄砲も作ることができた。大きな構造物を築くための力学的な知識もあったから、土木や建築の分野では、なかなか未来人の力量を誇示できないだろう。モータくらいは手近なもので作ることができるが、電池は難しい。まあ、せいぜい二次方程式が解けるとか、ゼロがある算用数字の便利さを披露するくらいのことしかできないだろう。

 むしろ、その時代における衣食住がどのような素材で成り立っているのか、それらはどこからどのようにしてやってくるのか、を学ぶことになり、勉強のし直しになるのがオチである。現代の知識の多くはなんの役にも立たない。それは、現代人の知識がいかに「浮ついた」ものであるか、を物語っている。知っているようで、肝心のところは人任せなのが、現代人だからだ。

 どこでどのようにして手に入れれば良いか、を知っているつもりになっているけれど、それは、ネットで調べて適当に選ぶ方法と、支払い手順を知っているにすぎない。これらは、他者が用意したもの、すべて人工のシステム上のことだから、詳細を具体的に知らなくても利用できる。便利だけれど、すべてが人任せ。自分の知恵ではない。

 無人島とか山奥で暮らしていけるサバイバルな生き方をしろ、という意味で書いているのではない。今の生活が、「作られたもの」の上に成り立っていることを、ときどき自覚することが大事だ、ということ。自分の環境を客観的に傍観できる人は、きっと「人工的な幸せ」に騙されない。何故なら、そういう「うまい話」を不自然だと感じるセンサを持っているはずだから。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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