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作家・村上龍氏がボブ・ディラン、ノーベル文学賞受賞に寄せた言葉

発売以来、話題を呼んでいる最新刊『星に願いを、いつでも夢を』にも収録したハートフルエッセイ

 ノーベル文学賞、授賞式に寄せたボブ・ディランの受賞スピーチが話題を呼び、各界の著名人がそれに対しメッセージを寄せた。
 作家・村上龍氏は、受賞が決まった夜、ビールを飲みながら何時間も彼の歌を聴いたという。村上龍の限りないやさしさが伝わってくる、ノーベル文学賞受賞に寄せたエッセイで、発売以来、話題を呼んでいる氏の最新刊『星に願いを、いつでも夢を』にも収録された「We  Love  Dylan」を特別配信する。

 

「We Love Dylan」

 ノーベル文学賞がボブ・ディランに決まった。意外だったが、うれしかった。ノーベル・アカデミーもなかなかやるなと思った。ノーベル文学賞に関しては、村上春樹さんが、10年くらい前から必ず大きな話題になるが、ご本人はきっと迷惑だろうなと思う。わたしは春樹さんがノーベル文学賞を欲しがっているとは思えない。さすがにどうでもいいとは思っていないだろうが、できたらそっとしておいてくれと思っているはずだ。わたしは例年、春樹さんの受賞に関しコメントを用意している。それもフルバージョンと、短縮版の2パターンあり、毎年細かな修正を加える。こんなことがいつまで続くのだろうと思いながら、書いている。

 今の日本には明るい話題がほとんどないので、ノーベル賞は必ず大きな話題となる。だが、当たり前のことだが、ノーベル賞の受賞者は個人で、日本が受賞するわけではない。自然科学の分野では、国家としての成熟度が影響し、多くの協力者がいるが、それでも受賞するのは「個人」だ。

 ボブ・ディランは、リアルタイムで聞いていたし、1976年にはじめてNYに行ったとき、荷物をホテルに置いて、すぐにグリニッジヴィレッジに行き、ディランが歌っていたというコーヒーハウスに行った。そこでは、新人の歌手たちが、ディランのヒット曲を歌っていた。ディランの独特の声と歌い方を真似する歌手もいて、やはり本物とは違うなと妙に納得したりしたが、それでも懐かしかった。

 だが、実はリアルタイムで聞いていた中学高校のころ、ディランより「サイモン&ガーファンクル」のほうが好きだった。ディランの偉大さは中学生にも理解できたが、「これはアメリカ人のための歌で、アメリカ人ための歌詞だ」と思ったのだった。異論を恐れずに言えば、ディランの革命的な歌詞が成立している下地は、まさにカントリー&ウエスタン、それにブルースにある。実際、ディランが最初に憧れたのはハンク・ウィリアムスだったらしい。比較すると、「サイモン&ガーファンクル」は、どこか無国籍で洗練されていて、聞きやすかったが、ディランは違った。

 もちろんディラン自身は「ぼくの歌がアメリカ人のためのものだ」などとは言っていないし、言わないかもしれない。だが、わたしにとっては、ジャクソン・ポロックやモハメッド・アリ、アンディ・ウォーホルやデニス・ホッパーなどと並んで、アメリカ文化そのものだった。

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 わたしの作品をおもに英訳しているラルフ・マッカーシーと、寿司を食べながら、「今のアメリカに世界に誇るものがあるだろうか」という話題になったことがある。9・11のあと、ジョージ・W・ブッシュがアフガニスタンとイラクに侵攻し、スティーブ・ジョブズがiPhoneやiPadなど、立て続けに発表したころだった。「アメリカはどんどん悪くなっていく」とラルフは暗い表情だった。でも、アップルの製品は世界に誇れるよ、とわたしが言ったが、ラルフは、あれは企業だ、と素っ気なかった。

「映画を考えてくれ。莫大な金をかけているが、出てくるのはエイリアンと宇宙船だけで、あとはファンタジーだ。『風と共に去りぬ』も『荒野の決闘』も『ロング・グッドバイ』も『イージー・ライダー』もはるか昔になってしまった」

 そう言えば、最近アメリカ映画で感動してないなと思いながら、なんとかラルフを元気づけようと思い、何かないか記憶を辿った。ヒース・レジャーの傑作『ブローバック・マウンテン』があるよ、と言ったが、「あれは、台湾系アメリカ人の作品」と、悲しそうな顔を変えなかった。

「リュウ、ぼくが小さかったころ、もう何十年も前だが、アメリカは世界に対して良いことをやっていたと思う。だが、今はどうだ。ベトナムに侵攻して大失敗したのに、またイラクに侵攻して、どう考えても世界に悪影響を与えている。野球、アメリカン・フットボール、それにバスケットボールとか、スーパースターがいるけど、あれはアメリカのスポーツだよ。スイスのロジャー・フェデラーとか、スペインのFCバルセロナとか、世界に感動を与えるものじゃない」

 そんなに悲観することはないのにな、日本もけっこうひどいんだから、と思ったが、「日本もひどい状況だからって、そんなの慰めにも何にもならないじゃないか」と切り返された。わたしは、日本には世界に誇れるものがあるだろうかと、考えて、ないかもしれないと思ったりした。成瀬巳喜男も小津安二郎ももういない。でも、坂本龍一がいると思って、そう言うと、「確かに。彼はすばらしい」とラルフも同意した。そして、音楽が話題になって、ふと思い出したように、ラルフの表情が明るくなり、「ボブ・ディランがいる」と言った。

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「そうだ、ディランがいる」とわたしもうれしくなり、プレスリーも、マイケル・ジャクソンも、世界を魅了したけど、ディランはその二人とは違うと思った。ディランは、紛れもなく天才だったが、本人はそんなことどうでもいいと思っていた。プロテストソングの代表のようになり、政治的にも多大な影響を与えたが、本人は「ただの歌だ」と思っていたらしい。謙虚で、ものすごくシャイだった。ディランの歌は、結果的にだが、世界を変えた。世界を変えたという意味は、歌による表現の幅を格段に広げたということだ。彼は、反体制的だと評されたが、もっとも素晴らしいのは「もっと自由でいいんだ」と世界中の若者にそう伝えたことだ。

 ディランがノーベル文学賞に決まった夜、ビールを飲みながら、何時間も彼の歌を聴いた。ラルフにメールしようかと思ったが、止めた。アメリカ人のラルフは、ディランがノーベル文学賞を受賞しようがしまいが、そんなこと関係なく、ディランのことが好きで、その歌をリスペクトしている。ディランの歌は、本質的にアメリカ人のためのもので、結果的に世界中に浸透したに過ぎない。

 個人的には「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」がいちばん好きだ。政治性ゼロだが、これほど優しい歌はない。

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