「幸せな気持ちで満たされると、ふと壊したくなる」不幸を待ち望む私との葛藤【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#14
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』を上梓した。いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。連載「揺蕩と偏愛」#14は「私にとって最も恐ろしい行為とは?」

◾️社会性という病気
息が詰まりそうになる。味を感じなくなる。音が聞こえなくなる。
薄い空気の中で私だけが狂っているかのように感じる。みんなに見せている綺麗にラッピングされた箱の中には、汚泥のような感情が詰め込まれ、今にも堰を切ってどうしようもなく溢れ出そうになる。
悟られないように、漏れ出さないように、しっかりと蓋を閉めて、綺麗なリボンを巻き付ける。最後にきっちりと結びつけるそれは除霊の御札のよう。私という怪物が世の中に出てこないために、理性の側の私が静かに命を潰していく。
はっと意識が戻る。煌々と光る画面に思わず目を細めてしまう。右上の方に小さく午前三時と表示されていた。目の前には空のガラス瓶の残骸が転がり、静かなピアノの音が私の耳を通り過ぎていく。私の身に起こったことの全てを悟った。画面の中には形を成さない液体のような言語が広がっていた。私の心から漏れだした何か。「またか」と思いながら、画面の中のトークアプリを押して、誰のところへも届いていないことを確認し、また意識が途絶えた。
社会性という病気に蝕まれている。
身体の奥深いところまでじりじりと。私にとって最も恐ろしい行為は人前で愛を囁くことでも、不特定多数に裸を晒すことでもない。「わたし」の中に詰め込まれた気持ちを包み隠さずに外へと流す行為だ。愛する相手に、気を許した友人に嘘をついているわけではない。私の気持ちと何一つ相違ない言葉を渡すし、彼らの目の前にいる私がまやかしというわけではない。ただ、最後の最後、私の中の真ん中にある何かを開け渡さないだけ。信頼や愛が鍵とはならない扉の先にあるもの。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに