陸海空自衛隊に温度差? 圧倒的組織票を抱えていた「ヒゲの隊長」が2025年参議院選挙で落選した理由(1)【林直人】
第4章:2025年の衝撃――参政党の挑戦と“岩盤”に走った断層
■ 保守王国の崩落:佐藤正久、まさかの敗北
長らく「鉄壁」と信じられてきた“自衛隊票の岩盤”。
だが2025年夏、その鉄壁はついに崩れ去った。
――そう、「ヒゲの隊長」佐藤正久が落選したのである。
この衝撃的事実は単なる個人の敗北ではない。自民党保守主義そのものが、台頭する 参政党ポピュリズム によって侵食されつつあることを示しているのだ。
岩盤は健在のように見えて、実はその内部に深い「断層」が走っていたのである。
■ 4.1. イデオロギーの共鳴――保守主義 vs. ポピュリズム
この断層の正体を暴くためには、両者のイデオロギーを冷徹に比較せざるを得ない。
<自民党・佐藤氏の立場>
佐藤氏は一貫して 伝統的な現実主義保守 を体現してきた。
・日米同盟を軸とする安全保障
・防衛費の漸進的増額
・自衛隊組織の安定と処遇改善
つまり彼の政治哲学は「秩序・制度・漸進」の三本柱に支えられた、エスタブリッシュメント保守そのものである。
<参政党の立場>
対照的に、参政党は 急進的ナショナリズムとポピュリズムの奇妙な融合体 だ。
・「宇宙・サイバー・電磁波・情報戦」を含む新領域を全面に押し出した“先手防衛”
・専守防衛の枠組みを超える挑発的な安全保障観
・「伝統的家族観」「反グローバリズム」「食と健康」「環境保全」までを巻き込む包括的アジェンダ
ここに浮かび上がるのは、既存の保守政党が持ち得なかった 情念と共感を動員する“ポピュリズム保守” である。
既成政党への不信、エリート拒絶、そして「自分たちの声を代弁してくれる政党」を求める大衆心理と、見事に共鳴していた。
表3: イデオロギー・プラットフォーム比較:自民党(佐藤氏) vs. 参政党
項目 |
自民党(佐藤正久氏) |
参政党 |
防衛姿勢 |
日米同盟基軸、防衛力の段階的強化 |
「先手防衛」、自主防衛力の抜本的強化 29 |
日米同盟 |
日本の安全保障の基軸として堅持 |
基軸としつつも、日本の主体性をより強調 34 |
憲法改正 |
9条改正による自衛隊の明記 |
自主憲法の制定 |
政治エスタブリッシュメント観 |
制度内からの改革、与党としての責任 |
既存政党・メディアへの強い不信感、反エリート主義 31 |
社会・家族観 |
伝統的価値を尊重する穏健保守 |
「伝統的家族観」を強く主張、ジェンダー平等に懐疑的 30 |
選挙・運動手法 |
組織戦、業界団体との連携 |
YouTubeやSNSを駆使した空中戦、草の根運動 31 |
■ 4.2 潜在的離反者のプロファイリング――侵食される“自衛隊票”の素顔
かつて「鉄板」とされた自衛隊票。しかし、その岩盤を揺るがしたのは、意外にも 内部に潜んでいた離反予備軍 であった。
■ 若手・下士官層――鬱積する不満とポピュリズムの吸引力
自衛隊というピラミッド型の組織で、幹部やエリート層に距離感を覚える若手・下士官たち。
彼らにとって、佐藤氏のような「制服組の代弁者」は、むしろ“遠い存在”となりつつあった。
そんな彼らの耳に響いたのが、参政党の反エスタブリッシュメント的な叫びである。
「俺たちの声を代弁してくれるのは誰だ?」――その問いに、ポピュリスト政党が巧妙に応えたのだ。
■ 陸自の文化保守層――「伝統」と「共同体」への共鳴
最も地域社会に根を張る陸上自衛官。
彼らにとって、参政党の掲げる「伝統的家族観」や「共同体の価値」は、単なるスローガンではない。
それは、日々の任務で接する地域住民や土地への“リアルな情念”と共振するメッセージだった。
■ 若年層――SNS世代の政治行動
研究によれば、若い自衛官ほど海外派遣や積極的防衛に前向きだ。
参政党が打ち出す「先手防衛論」は、既存の漸進主義よりも彼らの戦闘意識に合致した。
しかも参政党は、YouTubeやXを武器に若年層へ直接浸透。
情報戦の主戦場はもはやテレビではなくSNS――この時代潮流に乗った参政党の言葉が、若手隊員の心を掴んでいったのである。
4.3 票の流出に関する因果モデル――「断層」が亀裂へ
こうして浮かび上がるシナリオは、単なる選挙区の小競り合いではない。
それは、政軍関係そのものを揺るがしかねない「断層モデル」だ。
(1)前提条件
かつては鉄壁だった自衛隊コミュニティ内の自民党支持が、静かに、だが確実に低下していた。
(2)触媒
国民的な不満と支持率低迷が、自民党を覆う。
(3)メカニズム
参政党がSNS戦術で自衛官コミュニティへ侵入。
若手・下士官・陸自隊員を中心に「新しい保守の受け皿」として共鳴を拡大。
(4)結果
比例票の 10〜15% が自民党から参政党へと流出。
そのわずかな票の動きが、佐藤氏を「当選ライン割れ」へと追い込んだ。
■ 自衛隊内部に走る“政治の亀裂”
この事態が意味するのは、自民党の敗北だけではない。
・幹部層=伝統的自民支持
・若手・下士官層=参政党ポピュリズム
という分断線が、組織内部に走った可能性である。
もし現職の自衛官が、現政府に批判的な政治勢力へ投票するのだとすればーー
それは単なる支持政党の乗り換えではなく、政軍関係そのものの秩序崩壊の始まりを告げる。
参政党の挑戦は、単なる“新勢力の台頭”ではない。
それは、戦後日本が築いてきた 「自衛隊=政治的中立」 という暗黙の了解を揺さぶり、文民統制の未来そのものに警鐘を鳴らす断層なのである。