自国を守るためにできることとは? 清水幾太郎著『日本よ 国家たれ 核の選択』を読む【緒形圭子】
緒形圭子「視点が変わる読書」第21回 『日本よ国家たれ 核の選択』清水幾太郎 著
◾️清水幾太郎の「弱者のプラグマティズム」
福田の論文を読んだことで、『日本よ 国家たれ 核の選択』を少し距離を置いて見られるようになったが、たとえオリジナリティが希薄であるとはいえ、国防論の道筋を立て、日本国民に危機を訴えたということで評価できると思うし、単なる売名行為とは思えない。
そもそもこの本は『日本よ 国家たれ』というタイトルで清水が自費出版した69頁の小冊子から始まった。何故自費出版にしたかといえば、しっかり読んでくれる人に届けたかったから、また待ってましたとばかりに叩こうとする論壇の餌食になるのを避けたかったからだと、自身で述べている。
3千部の小冊子の一部は防衛庁長官、事務次官、各局長などに送られ、そこから自衛隊幹部にも広がり、大きな反響があった。さらに日本青年協議会に寄付し、その筋からも広く知られるようになり、小冊子を入手したいという申し込みが清水のもとに殺到した。
それを知った『諸君!』が全文を掲載したいと言ってきた。論文の普及を望む清水はこれを受け、雑誌に掲載されると、その雑誌もすぐに売り切れてしまった。そこで、『日本に国家たれ 核の選択』が文藝春秋から刊行されたのである。
この経緯をみても、清水の国防に対する姿勢は真摯なもののように思えるが、福田にしたら、それもまた清水の手管だということになるのだろうか。
そのあたりを現代人の目で捉え直している人がいた。
高校生の時に清水の論文が載った『諸君!』を買いに走った片山杜秀だ。
片山は、「『核の選択』清水幾太郎を読み直す」という論考を『文藝春秋』(2022年5月号)で発表している。
そこで主張されているのは、片山の言葉を借りれば、清水幾太郎の「弱者のプラグマティズム」である。先の経歴で述べたように、清水は裕福な家の出ではない。東京の下町に住んでいたため、震災で焼け出され一家は無一文になった。一方山の手に住む学校の先生や同級生は大きな被害を受けなかった。この強烈な体験が基となり、清水は下町、庶民、大衆、黄色人種、日本と、常に弱い者の側に身を置いて思考し、行動するようになったと片山は指摘する。
だからこそ清水は戦後、核戦争による滅亡のヴィジョンに恐怖し、弱者である日本が巻き込まれないよう反米基地闘争に集中していった。けれど、日米安全保障条約の改定は強行されてしまった。日米安保体制が続くのであれば、アメリカの基地があっても日本が攻撃されない道を模索するしかない。レジャーやビジネスの面で同質的な人間が東西の壁を越えて出来上がれば、平和共存の道が開けるかもしれない。清水が始めたレジャー社会学はお遊びではなく、実践的学問だった。
しかし、そんな呑気なことも言っていられなくなった。ソ連の軍事力がアメリカを上回りそうな状況になった。ソ連と通常戦力で戦争をしても勝ち目がなく、自国を滅ぼす核戦争もしたくないアメリカが日本を守ってくれるはずがない。では、日本はどうするべきか。アメリカに日本を守らせるには、日本の本気を見せつけなくてはならない。その最も強烈な方途は「核武装」だ――。
かくも清水の思考は一貫している。時流を見てハンドルを切っているかのように見えるけれど、根本にあるのは「弱者のプラグマティズム」なのだと、片山は主張しているのである。
清水幾太郎に始まり、福田恆存、片山杜秀と読み、いつになく戦争と平和について考えさせられた8月だった。
世界中の軍事力を調査・分析し発表する「Global firepower」によると、2025年度の軍事力世界ランキングで日本は7位だという。因みに1位はアメリカ、2位はロシア、3位は中国である。
日本の7位は経済力とアメリカから購入している最新兵器が評価されてのことらしいが、世界で7位だったらまずまずじゃないかと安心もしていられない。日本の場合、軍事力といっても専守防衛の自衛隊である。
最近の普通の訓練での自衛隊員による事故の多発を見ていると、果たして実戦に通用するのか不安に思えてくる。実践経験がなければ、訓練にも限度があるだろう。
そもそも自国の軍備について日本が危機感を持って対処してこなかったのは、戦後80年間、他国からの武力やテロの攻撃を受けなかったからではないだろうか。
1980年に清水が唱えていたソ連の脅威がなくなったのは、あまりに軍事費をかけ過ぎたせいもあってソ連という国自体が崩壊してしまったからである。しかしそれはたまたまその時の世界の潮流が日本を飲み込まなかっただけの話だ。
アメリカが軍事的優位を確固なものとしたので安心していたら、今度はロシアが世界における大きな脅威となってしまった。今はウクライナとの戦争に集中しているけれど、そちらが落ち着けば今度はどの国が標的になるとも分からない。北方領土問題を抱えている日本が目をつけられる可能性は十分ある。
政府は今年5月、武力攻撃から避難する国内地下シェルターの収容人数を1000万人分に倍増させる計画を発表した。
危機は確実にせまっている。国防をどうするかは政府だけに任せておけばいいというものではない。自国をいかに守るのか、そのために自分には何ができるのかをこれから考えていきたい。
文:緒形圭子
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保守派の論客・福田和也が
遺したものとは何だったのか・・・
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✴︎「私は「保守派の論客」という規定では、
福田氏のスケールをとらえ損ねると考えている。」
✴︎「福田氏は、保守派の論客であるが
日本国家が自明であるとは考えていなかった。」
✴︎「福田氏が考えていたのは、全ての人間に備わった
責任感ということだったように私には思えてならない。」
✴︎「『真剣な問に対して、責任を持って答えるとはどういうことか』について、
私は福田氏から多くを学んでいる。
第一部 日本とは何か
日本の家郷
「内なる近代」の超克
日本人であるということ
乃木希典
保田與重郎と昭和の御代
第二部 ナショナリズムとは何か
なぜ日本人はかくも幼稚になったのか
この国の仇
余は如何にしてナショナリストとなりし乎
大丈夫な日本
【解説一】西部邁 【解説二】久世光彦 【解説三】角川春樹
本書解説 佐藤優
「福田和也氏の普遍主義とアナーキズム」
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