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「大丈夫」のリアルさはどれくらい?【森博嗣】新連載「道草の道標」第5回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第5回


森博嗣先生が日々巡らせておられる思索の数々。できるだけ取りこぼさず、言葉の結晶として残したい。森先生のエッセィを読み続けたい。なぜなら、自分の内から湧き上がる力を感じられるから。どれだけ道に迷い込み、彷徨ったとしても、諦めず前に進んでいけることができるから。珠玉の連載エッセィ第4弾「道草の道標」。第5回は「『大丈夫』のリアルさはどれくらい?」


 

 

第5回 「大丈夫」のリアルさはどれくらい?

 

【大丈夫という曖昧な表現】

 

 「大丈夫」という言葉をみんなが使っている。ところが、その意味がさまざまで、どう受けとめて良いのかわからない場合が多い。英語でいうと「OK」に近い意味が本来だと僕は認識している。また、別の日本語で「けっこう」にも似ているように思う。

 たとえば、「コーヒーはいかがですか?」と尋ねられたとき、「大丈夫です」というと、僕の世代なら「コーヒーは苦手ではありません。いただきます」との意味になるだろう。だが、今の若者の大半は、「私は飲みません」と断る意味になるようだ。おそらく、「飲まなくても大丈夫です」を略した表現のようだ。同様の誤解が、「けっこう」でもかつてはあっただろう。「けっこうです」といえば、「それは素晴らしい。いただきます」という肯定になったが、「私は飲みません。お断りします」という意味が今は大半だ。ようするに「ノーサンキュウ」と同じで、「お気遣いはありがたいのですが、私のために準備していただかなくてもけっこうです」であり、「お気遣いには及びません」と、現状のままなにもしなくても、あなたは「けっこう」ですよ、といっているのだ。

 イエスかノーかを尋ねられているとき、どちらとも取れるような返事をして、感情的ショックを和らげるような表現で、曖昧だからこそ上品なのである。イエスかノーかは、表情や身振りから判断するしかない。

 そもそも、「いいね」といえば、イエスだけれど、「いいです」というとノーになる場合が多く、言葉というのはいい加減なものだと思っていてまちがいない。こんなことは、誰でもが感じているはずだから、さほど大きな誤解や問題にはならないらしい。

 しかし、「絶対に大丈夫です」という詐欺師の言葉によって沢山の人が被害に遭う。最近だと高齢の被害者がニュースで話題になっているが、もっと若い人もこの「絶対に」という表現に騙されているだろう。

 たとえば僕の場合だが、機械の修理をベテラン技術者にお願いしたとき、「これでもう絶対に大丈夫です」といわれたら、それこそ絶対に信じない。というよりも、本当の熟練技術者は、「絶対に」とは絶対にいわない。僕もいわない。何故なら、「絶対に大丈夫」なんて状況が現実に存在しないことを知っているからだ。では、どういわれたら安心できるか、というと、「まあ、これで、たぶん大丈夫でしょう」くらいの言葉が最も信頼できる。「たぶん大丈夫」が最上級の保証なのだ。僕自身、家族から頼まれてなにかを修理したあと、結果に自信がもてるときは「たぶん大丈夫」という。原因が明確であり、その原因を取り除いた場合にはこれがいえる。そうではなく、原因不明のまま、なんとなく直ったときには、「わからないけれど、しばらくこれで使ってみて」くらいがせいぜいだろう。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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