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トヨタ帝国の崩壊序曲 ーータイ自動車市場でBYDが仕掛ける「電撃戦」【林直人】

中国で開かれた上海国際モーターショーのトヨタ自動車ブースの様子(2025年4月24日)

 

【バンコク発、衝撃の報告】

 数十年にわたり、タイの道路を支配してきたのは「ピックアップ王国」を築いたトヨタだった。ディーラー網は隅々にまで張り巡らされ、ブランド信仰は宗教に近いほど根強かった。

 しかし、その絶対王政が今、音を立てて崩れ始めている。原因はただ一つ、中国EVの巨人・BYD(バイド)の電撃参入である。

 

EV補助金が呼んだ逆襲の嵐

 2022年後半、タイ政府がEV推進政策を打ち出した瞬間、舞台は一変した。巨額の補助金を武器に、BYDは市場に突入。まるで侵略軍のように販売台数を積み上げ、瞬く間にEVセグメントの覇者に躍り出た。

 その勢いは、縮小する自動車市場全体の中で、唯一成長を遂げる「電撃戦」として既存メーカーを震え上がらせている。

 

トヨタの牙城が崩れる瞬間

 かつて不動と信じられたトヨタの市場シェアは、BYDの急伸によってじわじわと削られている。従来型エンジン車への依存が逆に足かせとなり、電動化の波に対応しきれない姿は、まるで巨像が足元から崩れていくかのようだ。

 マクロ経済の逆風、消費者の嗜好転換、政策の大転換――三重苦が重なったその衝撃は、帝国の「終わりの始まり」を予感させる。

 

数字が暴く「トヨタ失速」の真実

 2022年から2024年にかけての詳細データをもとにした計量経済学的分析は、容赦なく現実を突きつける。固定効果モデルが示したのは、BYDの販売台数の急増が、統計的に有意にトヨタの販売実績を食いつぶしているという事実だ。

 偶然でも憶測でもない。数字は冷酷に、そして明確に「トヨタ帝国失速」のシナリオを描き出している。

 

迫り来る「世代交代」の断末魔

 トヨタが築き上げた数十年の牙城は、わずか数年でBYDの電撃的な攻勢に揺らぎ始めた。市場全体の縮小とEVの急成長という二極化が進む中で、既存メーカーに残された時間は限られている。

 もはやこれは単なる市場競争ではない。タイを舞台に繰り広げられる「世代交代の断末魔劇」であり、アジア自動車史に残る血塗られた覇権争いの序章にすぎないのだ。

 

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タイ自動車市場の変容――政策、競争、そして消費者

 

トヨタ帝国を揺るがす「歴史的地殻変動」

 かつては鉄壁と思われた日本メーカーの牙城が、いまタイで音を立てて崩れている。数十年にわたり市場の9割以上を支配してきたのはトヨタ、いすゞ、ホンダ、三菱――まさに「自動車の幕府」だった。

 しかし、政府のEVシフトという大号令と、それに便乗した中国勢の電撃的な進出が、均衡を破壊し尽くそうとしている。ここでは、その歴史的変容を4つの視点から暴いていく。

 

1-1 伝統的勢力図:トヨタという絶対君主

 トヨタのハイラックス、いすゞのD-MAX――これらはタイの道路を支配する「双頭の竜」だった。ピックアップトラック市場は彼らが独占し、乗用車から商用車までトヨタが幅広く君臨していた。

 2023年以前、トヨタの市場シェアは常に30%以上。ディーラー網は全国に張り巡らされ、消費者心理には「トヨタなら安心」という信仰に近いロイヤルティが刷り込まれていた。
  だが、この“絶対君主”の支配図は、EV革命の波に呑み込まれようとしている。

 

1-2 政策的転換点:EV 3.0/3.5が仕掛けた市場破壊工作

 タイ政府が打ち出した「30@30」――2030年までに自動車生産の30%をZEV(ゼロエミッション車)にするという国家的野望は、まさに市場のルールを書き換える“勅命”だった。

 EV 3.0(2022年開始)、EV 3.5(2024年開始)――この二つの政策パッケージは、EV購入に最大15万バーツの補助金を与え、さらに輸入関税と物品税を大胆に引き下げるという“爆弾”を市場に投下した。

 本来は高嶺の花だったEVが、一気にICE車(内燃機関車)と真っ向勝負できる価格にまで落ちたのだ。しかも条件付き――参入メーカーには「国内生産義務」が課される。つまり補助金に群がった海外メーカーは、タイ国内にEV工場を建てざるを得ない。

 この巧妙すぎる市場再設計は、結果的に中国勢――とりわけBYDにとって「天の声」となった。

 

1-3 新興勢力の台頭:BYD電撃戦略

 主役は突如現れた。2022年後半、BYDがSUV「Atto 3」を引っ提げてタイに上陸。補助金を味方につけ、価格破壊を断行した瞬間、市場は騒然となった。

 結果は驚愕。2023年には年間30,650台を販売し、18か月以上にわたりEV市場トップを独走。2024年にはさらに27,005台を売り上げ、市場シェアは3分の1超。まさに“侵略のスピード”である。

 しかも戦略は冷酷に計算されていた。まずは人気のSUV市場を制圧、続いて大衆向けハッチバック「Dolphin」でトヨタ・ヤリスやホンダ・シティを直撃――既存メーカーの「主戦場」を真っ向から侵食したのだ。EVをマニア向けのニッチ市場に閉じ込めるのではなく、マスマーケットの心臓部を狙い撃ちしたのである。

 トヨタの喉元に、BYDの刃が突きつけられた瞬間だった。

 

1-4 市場の二極化:崩壊するICE帝国と爆発するEV需要

 全体市場は沈没している。2023年の自動車販売は前年比9%減、2024年はさらに20%以上の大幅減少。背景には高止まりする家計債務と厳格化されたローン審査。とりわけトヨタやいすゞのドル箱だったピックアップ市場は壊滅的打撃を受けている。

 だが、その傍らでEV市場は爆発的に膨張。2023年は前年比684%増という狂気の伸びを記録し、新車販売シェアは12%へ。そして2024年には14〜15%へと拡大し続けている。つまり、トヨタは二重の悪夢に襲われているのだ。ひとつはマクロ経済の冷え込みがICE車販売を直撃する“氷の嵐”。

 もうひとつは政策によって人為的に拡張されたEV市場で、中国勢が覇権を奪う“火の嵐”。

 氷と火、二重の嵐がトヨタを同時に襲いかかり、帝国の屋台骨を粉々に砕こうとしている。

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林直人

はやし なおと

起業家・作家

1991 年宮城県生まれ。仙台第二高等学校出身。独学で慶應義塾大学環境情報学部に入学(一般入試・英語受験)。在学中に勉強アプリをつくり起業するも大失敗する。その後、毎日10 分指導するネット家庭教師「毎日学習会」を設立し、現在に至る。毎年100 人以上の生徒を指導し、早稲田・慶應・上智を中心に合格者を多数輩出している(2021 年早慶上智進学者38 名・7/20 時点)。著書に『うつでも起業で生きていく』(河出書房新社)、『人間ぎらいのマーケティング人と会わずに稼ぐ方法』(実業之日本社)などがある。連絡先:https://x.com/everydayjukucho

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