急がなくていい。ゆっくりと俗世を捨てよ【適菜収】
【新連載】厭世的生き方のすすめ! 第8回
時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊 百の兆候』として書籍化された。新連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。世の中にうんざりしてる人は「西行に学べ」と語る適菜氏適菜氏の連載第8回。

◾️西行に学べ
世の中にうんざりしている人は多い。彼らは悲観的になり、絶望し、社会と距離を置き始める。多くの文学作品でも、絶望し、隠遁し、しばらくして気を取り直して再び世の中に入って行き、そしてまたうんざりするパターンが描かれている。そこを貫いているのはマイナスの感情だ。
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しかし、もっと積極的に力強く、能動的にポジティブに世を捨てることはできるのではないか。私がこの連載を始めるにあたり最初に思い浮かんだのは西行だった。武士佐藤義清は23歳で出家したが、仏道だけに励んだわけでもないし、恋の歌も花の歌も詠った。
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小林秀雄は西行の歌を挙げ、「これらは決して世に追ひつめられたり、世をはかなんだりした人の歌ではない。出家とか厭世とかいふ曖昧な概念に惑はされなければ、一切がはつきりしてゐるのである。自ら進んで世に反いた廿三歳の異常な青年武士の、世俗に対する嘲笑と内に湧き上る希望の飾り気のない鮮やかな表現だ」と述べている。
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西行の出家の理由については、友人範康の死や待賢門院璋子との関係の話などいろいろ出てくるが、突発的なものではない。西行はあちこちの草庵を見て、しっかり準備をしている。私は「わくわく」という言葉は死ぬほど嫌いだが、西行は「わくわく」しながら出家したと思う。積極的にポジティブに世を捨てたのである。世を捨てるのはどう考えても面白い。それはこれまでの延長線上ではなく、新しい道を歩きはじめることなのだから。
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さてもあらじ今見よ心思ひとりで
我が身は身かと我もうかれむ
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白洲正子は「若い頃の西行は、まったく心が定まらず、定まらぬ故に出家を切に願ったのだと思う。出家をとげても一向に定まらなかったことは、次のような歌が物語っている」(『西行』)と書いている。
世の中を捨てて捨てえぬ心地して
都離れぬ我身なりけり
捨てたれど隠れて住まぬ人になれば
なほ世にあるに似たるなりけり
あはれあはれこの世はよしやさもあらばあれ
来む世もかくや苦しかるべき
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西行は出家後、嵯峨に庵を結んだが、世俗とも付き合っていた。このくらい適当でいい。とりあえず出家してみるのもいい。形から入ることも必要だ。日本で正式に出家するのは手間がかかるが、僧を名乗るだけなら簡単だ。私の知り合いは、70歳を過ぎてからミャンマーで出家した。僧になるのに理路整然とした理由はいらない。そもそも、出家という行為は理路整然と説明できるものではない。そこには跳躍が必要になる。
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