私が愛犬を生かしているのではなく、愛犬が私を生かしているのだ【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#10
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』を上梓した。いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。新連載「揺蕩と偏愛」がスタート。#10「私が愛犬を生かしているのではなく、愛犬が私を生かし続けている」

◾️渋谷のパルコ前にあるペットショップで偶然…
我が家には一匹の犬がいる。
渋谷のパルコ前にあるペットショップで偶然出会ってしまった日からもうすぐ5年。
片手で簡単に持ち上げられるぐらいの大きさから、セミダブルのベッドの一角を占領するぐらいまで成長した。左耳が下に、右耳が上に、背中には茶色の斑模様が広がっている。ダックスフンドとチワワのミックスで、全てが絶妙な加減でまとまっている。可愛がってくれる人間には全力で愛を注ぐのに、よく知らない犬に近寄られると一目散に私の後ろに隠れて牽制する。母親から「犬って飼い主に似てくるのね」と言われたことがあるが、私はまだ納得していない。
私は小さな頃から犬と一緒に育った。18年間で3匹。2匹の旅立ちを見届け、1匹は今も逞しく生きている。ブラックジャックが好きだから、ジャックと名付けた。私にそれなりに懐いてはいたが、皆が想像する「犬との生活」というものに比べて、少しだけ距離が遠かったのをよく覚えている。
そもそも我が家の犬種を選ぶ基準は「番犬になるか」ということだった。家族以外の誰か、もしくは何かが敷地内に立ち入った瞬間に吠えられるか、万が一のときは躊躇なく飛びつくことができるかが重要だった。その結果、選ばれたのは大型犬で、直近はずっとシェパードだった。もちろん番犬として飼われる以上、母屋から少し離れたところに独立した居住スペースが確保されていた。
そのせいもあってか、私なりの愛情を注いだつもりではあるが、私が成長するにともない、接する時間は格段に減っていった。家族ではあるけれど、彼も私もどこか役割を背負わされている存在同士だった。好きだけど、その気持ちに見合うだけの何かをしたかと言われると、自信を持って首を縦に振ることはできなかった。そんな自分をずっと薄情だと思っていた。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに