「無理をしない」ではなく「自分に嘘をつかない」というだけで、世界の温度が少しだけ変わる【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#9
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』を上梓した。いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。新連載「揺蕩と偏愛」がスタート。#9「『無理をしない』ではなく『自分に嘘をつかない』というだけで、世界の温度が少し変わる」

◾️「過去の私」が教えてくれたこと
「最近投稿している写真とか見てて思ってたんだけど、前より表情が良くなったというか、周りにいる人を含めて雰囲気が優しくなったよね。何というか、良い意味で肩の力抜けている感じ」
親友の運転教習に付き合っている帰り道、遠方に引っ越してしまった友達から電話で伝えられた。隣であたふた運転している親友に思わず視線を送ると、彼女も同意見だったようでどうにか首を縦に振っていた。
ーーそうかな、いやそうだと思う。
見た目的な変化で言えば、髪の毛を数年ぶりにブリーチして金髪にした。誰かのウケを意識していた丈の長いスカートや高いヒールの登場回数はめっきり減った。身体に刻んだものは隠さなくなったし、つい先日また一つ大きく刻み込んだ。夏の湿気にやられて患部の不快な痒みは治っていないが、あと2週間ほど経ったら完全に私の一部となってくれるだろう。どう頑張っても一般のプールや温泉施設には入ることができない見た目となったけれど、風呂場の鏡を見るたびに、衣服の端から姿が覗くたびに、歪な隙間を埋められている安心感に浸っている私がいる。
画面に指を滑らせ、カメラロールにずらりと並んだ写真を見返していく。写真の量を見れば自分がどれだけの人間と会っていて、同じ時間を共有していたかが分かる。
写真の中の私は、他の誰の名前でもなく「私」として写っている。昔の私は誰かの“女”としての顔、誰かにとって都合のいい“役割”の顔ばかりをしていた。それを本当の私だと信じて疑わなかったことが、今となっては少しだけ不気味に思えてしまう。
好きなことをやった方が、生きやすい。
言葉にすると途端に陳腐で、どこか自己啓発本の一文みたいに思えてしまうけれど、実際のところそれ以上でも以下でもないのだと思う。
好きなことをやっていても、もちろん全てが上手くいくわけではない。以前よりも誰かの顔色を窺わない分だけ、真正面からぶつからないといけない瞬間がある。言葉を尽くしても、手を尽くしてもどうにもならずに投げ出したくもない。でも嫌いなことをしているときに受ける傷の方が、ずっと後に長引く。誰のためかもわからない行動で削れていく自分ほど、救われないものはないと過去の私が教えてくれた。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに