いきなり『鳩よ!』と言われても【新保信長】新連載「体験的雑誌クロニクル」15冊目
新保信長「体験的雑誌クロニクル」15冊目
なかでも個人的にグッときたのは「コミックソングを歌おう!」だ。目玉企画は、著名人によるオリジナルコミックソングのお披露目。しりあがり寿「女心」、宮沢章夫「史上最大の引っ越し」、えのきどいちろう「恋の京葉道路渋滞中」、泉麻人「哀愁のダッチワイフ」、蛭子能収「老けた女の想い出ばなし」といった架空の曲の歌詞が並ぶ。
〈八代亜紀なんかが本気で唄いこんでくれると、迫力あるだろーな〉(しりあがり)、〈僕の高校時代に歌って踊れるファンキー夫婦“サンタ・クララ”というのがいて、「男と女」という名曲を残したんだけど基本的にあのセンでやって欲しい〉(えのきど)、〈(歌うのは)佐良直美さんが良いと思います。詩は演歌っぽいですが、私はボサノバ調でいきたい〉(蛭子)と、各人が勝手な妄想をしているのもいい。

青島幸男が自身作詞のクレイジー・キャッツの歌詞を語り、大瀧詠一がクレイジー・サウンドの生みの親・萩原哲晶の魅力を語る。トニー谷を筆頭に、小林旭、美空ひばり、橋幸夫、ドリフターズ、左とん平らのコミックシンガーとしての側面を解説したかと思えば、ミツワ石鹸のCMなどで知られる三木鶏郎の「冗談音楽」を紹介。今見ると貴重な資料だが、当時としても豪華なラインナップであった。
ちなみに、この号の「編集部より」には〈雑誌は時代とともに変わる。と大ゲサに言うほど“鳩よ”は、生き続けてきたわけではないが、このへんで変わろうと思う。そのこころみが今月号である。来月号は、もっと変身するつもりだ〉との記述がある。
次号を見ても劇的に変わったわけではないが、マイナーチェンジはその後も何度かあった。そして、1999年11月号にて大幅なリニューアルが行われる。A4変形判・中綴じからA5判・平綴じ、つまり『本の雑誌』などと同じ仕様になり、内容も“オシャレな『本の雑誌』”という感じになった。特集は「尾崎翠 モダン少女の宇宙と幻想」。尾崎翠は、大正期に活躍した少女小説家だ。誌面に「詩の雑誌」の面影はなく、文芸情報誌として生まれ変わったのだ。
「アニメ世代の心のゆくえ」(2000年1月号)、「しりあがり寿 辺境を行く」(2001年10月号)、「やまだないと 「リアル」ってなんのこと?」(2001年11月号)などサブカル的な特集もあった。「アニメ世代の心のゆくえ」では、なんと萩尾望都と庵野秀明の対談(司会:佐藤嗣麻子)が掲載されている。連載陣も斎藤美奈子、嵐山光三郎、松尾スズキ、町田康、小林紀晴、一條裕子ほか、なかなかの充実度だった。
しかし、2002年5月号をもって『鳩よ!』は休刊する。最後の特集は「斎藤美奈子の文芸批評 L文学宣言!」。休刊のあいさつで編集長・喜入冬子氏は次のように綴る。
〈1983年末、まったく新しい詩の雑誌として誕生した『鳩よ!』は、その後、何度かリニューアルし、マガジンハウスらしい文芸誌のあり方を模索し続けてきました。(中略)今号は、長年『鳩よ!』に原稿を寄せてくださった文芸評論家の斎藤美奈子さんの特集ですが、同時に、私が仮想読者に据えた20~30代の女性読者に向け、いったいどのような文芸誌を作ろうとしていたかがよくわかる特集になりました〉
リニューアルして2年半での休刊は志半ばの無念さもあろうが、『鳩よ!』なんて素っ頓狂な名前の雑誌が20年近く存続しただけでも立派。しかし、なぜ『鳩よ!』なのかはわからずじまい(ネット検索もしたが有力情報に行き当たらず)だった。
なお、後継誌として『ウフ.』というPR誌が創刊されたが、こちらは〈フランス語で卵という意味です〉とのこと。シャレてはいるが『鳩よ!』のインパクトには到底及ばない。
文:新保信長