生きる伝説スライ・ストーンの死。ミュージシャン・近田春夫と作家・適菜収は何を感じたのか?【近田春夫×適菜収】 《新連載》「言葉とハサミは使いよう」番外編
【近田春夫×適菜収】 新連載「言葉とハサミは使いよう」

■スライが弾いているベースは病んでいて好きだった
適菜:スライには余裕がありますね。JBみたいにかちかちにやらない感覚が、P-FUNKにつながっていくのでしょうね。プリンスもラリー・グラハムと何回かツアーをしていて、スライの曲もいろいろ演っています。
近田:尊敬はしてるんだろうね.オタク的に! プリンスは真面目そうだからね。ラリー・グラハムは、技術職だから、スライの精神みたいなものはそこまで継承してないかも?
適菜:そうだと思います。だから私は初期のラリー・グラハムのベースより、後期のアルバムでスライが自分で(多分)弾いているベースのほうが病んでいて好きです。
近田:だよね! でも「if you want me to stay」は、ラリー・グラハムだったよね?
適菜:「if you want me to stay」のベースは、グラハムではないのでは? たしか71年にはグラハムはスライのバンドを脱退しているんですよね。
近田:そおかぁ、あのフレーズホントにいいのよ! ラスティ・アレンっていうベースかも?
適菜:そうだと思います。
近田:テンプテーションズの「happy people」って結構スライ意識してない? これさぁ、作曲ライオネル・リッチーも参加している。この時代のテンプテーションズ、サイケでいいのよね!「Bowl of confusion」とか。そういえば「happy people」は、最初日劇のウェスタンカーニバルでジャニーズの子達が演ってて、それがよくって調べてテンプテーションズに辿り着いたの覚えてる!
適菜:テンプテーションズはそうですね。
近田:この弔いのLINE、発表できたらいいのになぁ!
適菜:では、私が簡単にまとめましょうか。そして、ベストタイムズに載せます。
近田:おお! 楽しみっす!
適菜:というわけで、スライについて語り足りないところがあったら、教えてください。
近田:ディアンジェロはどこまで行っても地味じゃん! てのは、入れときたいね。
適菜:ロクに新作アルバムも出しませんしね。でも、『Black Messiah』には、スライの血が流れていると感じました。
近田:スライが来日したときは、どんな感じだったの?
適菜:ブルーノートのスライのライブでは、4曲くらいしか演らなくて、ビジーフォーの太ったほうが、「もう終わりかよ、カネ返せ」と叫んだそうです。私は直接聞いていないのですが、そいつと同じテーブルにいた知人のコックから聞きました。それ以来、あのデブが嫌いです。当時の記憶が蘇ってきました。ライブが終わった後、そのコックのグループには合流できず、帰ろうとすると、スガシカオか、スガシカオによく似ている人がいました。多分本人だとは思いますが。
近田:スガシカオ、スライ、好きだよね.前に番組で話したことあるもん。
適菜:そのコックがブルーノートの支配人と友人で、私は「立ち見」で無理やりねじ込んでもらったんです。
近田:おお! 聞かせて。
適菜:国際フォーラムの公演が終わった後、某所にあるバーに行ったんです。これがどのくらいすごいことなのか誰かに伝えたかった。その店のバーテンダーが以前、「僕はブラックミュージックが大好きなんです。僕の部屋には昔のレコードが山ほど積んであってね」と言っていたのを思い出したので、国際フォーラムでスライのライブを見てきたと言ったら、「スライって誰ですか?」と。すごいほら吹きなんですよ。
近田:そういう人、昔いたよね!
適菜:それでアホかと思い、店を出て、六本木のアモーレという店に行った。亡くなってしまった料理人の澤口知之さんの店。イタリアンです。彼はブルーノートの支配人と友達で、スライのライブに仲間で行くという。それで、その場で支配人に電話してもらい、立ち見で入ることができたんです。
近田:その時のスライ、どんな感じだったの? ヨレヨレ?
適菜:ヨレヨレでしたが、国際フォーラムでは30分以上演りました。前座がロベン・フォードで、次がサム・ムーアでした。ブルーノートは数曲演奏した後、スライは楽屋に引っ込んでしまい、他のメンバーが20分くらい演奏していたような気がします。
近田:サム・ムーアは、70年代なかば、ニューヨークの20人ぐらいしか入らない店で一人で演ってたの観たなぁ。こんな有名な人が!とびっくりしたの覚えてる。そろそろご飯食べるので!(^з^)-☆
適菜: はい。では、新連載「言葉とハサミは使いよう」番外編のLINE対談という形で、このままアップします。
文:近田春夫×適菜収
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