私にとってセックスはすごく簡単なことだった。なのに撮影中に心がポッキリ折れてしまった…【神野藍】『私をほどく〜AV女優「渡辺まお」回顧録』
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第6回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第6回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【「給料なんていらないから、今すぐ帰宅させてほしい」】
季節は一巡し、気がつくと女優になって二度目の夏がやってきた。撮影場所がホテルなどでない限り、うだるような暑さに苦しめられていた。ただでさえ、何もしてなくて暑さでもじりじりと体力が奪われるのに、外でのロケが多い日なんかは本当に最悪であった。でも、そんな状況でも仕事は迫ってきて、休む暇を与えてくれなかった。
大学生としての最後の夏休みは寝て起きて仕事の繰り返しで、「卒論、進めないとなあ」と漠然とした思いを抱えながら、埋まっているスケジュールを淡々とこなしていく日々であった。
七月六日、乳白色のどろっとした液体にほんのわずかな赤が混じっていて、よく見るとベッドシーツにもぽつんぽつんと同じような色のシミが付着していた。生理のような量ではないし、確認しても外側が切れているわけでもなかった。その程度のことならば撮影の妨げにならなかったので、私を含め、その場にいる誰もが気に留めていなかった。
八月三日、お昼に出たお弁当を食べている最中におえっとなる感覚があった。感覚があるだけで実際に吐くまでは至らなかったが、お弁当は半分以上残してしまった。あんなにお腹がすいて、「今日のお昼ご飯何だろうな」なんて心を躍らせて待ち望んでいたのに。心配させたくないから「夏バテかな」なんて現場ではごまかしてみせたけど、撮影を終えて帰宅してみると、何の問題もなくすんなりご飯を食べることができた。
八月十二日、「給料なんていらないから、今すぐこの場から帰宅させてほしい」と思うことがあった。これまで「辛いけど何とか終わらせよう」と思うことは何度かあったが、撮影中に心がポッキリ折れたのは初めてだ。私を含めて現場にいる人間に細かく指示を出す割に、自分に対してはかなりルーズな監督に、その監督の指示をまったくもって聞かずに動く男優という組み合わせで、現場のムードは険悪なものになっていた。(その二人以外のプロデューサ―やメイクさん、技術さんは本当に良い人たちで、私側の立場になって励ましてくれていた。)
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
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「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに