第3回:「飛行機 余裕のある搭乗スタイル」「命名 避けたい漢字 大人のオモチャ」 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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第3回:「飛行機 余裕のある搭乗スタイル」「命名 避けたい漢字 大人のオモチャ」

 

<第3回>
9月×日 【飛行機 余裕のある搭乗スタイル】

久々に飛行機に乗る。国内線。

僕は飛行機が「ヘタ」だ。飛行機の中で上手に過ごすことができない。
男なら誰しもが「機内にて窓の外の景色を見ながらウィスキーをあおり、詩を2つ書いたら、あとは到着地シャルルドゴール空港まで熟睡する」的な、辻仁成的な、スマートな飛行機利用に憧れているものだ。無論、自分もスマートに飛行機を乗りこなしたい。

しかし悲しいかな、僕は貧乏性である。
「高い金を払って搭乗したんだ、フライト中は『無料サービス』を骨の髄まで吸ってやる」という卑しい根性が、飛行機のシートに着席した瞬間に花開く。

こうしてわずか一時間のフライトの間に、機内冊子「翼の王国」を貪り読み、のどを鳴らしてコンソメスープを飲み、挙げ句の果てにはエチケット袋で折り鶴を折るなどして、「無料サービス」という名のガムを味がなくなるまで噛み続けている自分がいる。

今回のフライトでも座席の上でサービスを食い漁る「無料餓鬼」と化していると、となりの席の老夫婦がなにかブツブツと文句を漏らしているのが耳に入った。
僕の落ち着きのない行動を鬱陶しく思われてしまっただろうかと耳をそばだてると、老夫婦は、
「うるさいな、親はなにやってるんだ」
「ずっと泣く気かしら、いやねえ」
という会話を交わしていた。
僕に対してではなく、どうやら前方の席に座っている赤ん坊の泣き声に対する文句らしい。

「ずっと泣く気かしら」もなにも、赤ん坊は泣いたり変なところに頭をぶつけたりするのが仕事なのだし、だいたい自分たちだって昔はよく泣く赤ん坊だったろう、文句言ってないでヘッドフォンでも装着して大音量で落語チャンネルでも聴いていろ、などとFacebookに投稿したら即1000いいねが付きそうな正義的なことを老夫婦に対して意見したくなったが、元来の気の弱さから口を挟むこともできず、ただ黙って彼らの会話を聞き流した。
老夫婦は到着地までずっと赤ん坊の泣き声に対して文句を言っていた。

飛行機や新幹線に乗ると、たまにこんな会話が聞こえてきて、気が滅入る。文句たれるのは構わないから、もう少しボソボソと会話してほしい。
あと航空会社はこういう「他人の赤ん坊の鳴き声に苛立つ老夫婦」用に耳栓を無料で配ってみてはどうだ。もちろん「老夫婦の会話に苛立つ僕」にも、耳栓はマストアイテムだ。

しかし、僕にも老夫婦にも足りないものは耳栓の前に「余裕」である。
「余裕」のある搭乗スタイルをもっと他者から学ばなければならない。

空港に降り立つやいなや「飛行機 余裕のある搭乗スタイル」でグーグル検索。
するとOKWaveにて「飛行機の快適な乗り方について教えてください!」という質問が寄せられていた。それに対して

「そもそもビジネスクラスに乗れば快適です。ケチってエコノミーにすると、どこに座ろうが目クソ鼻クソです」

という身も蓋もない回答をしている人がいた。
そしてこの回答者に対する質問者からのコメントが、

「ご回答ありがとうございます。と、一応申し上げますが、汚い言葉の羅列は不快ですし、品性を疑います。ビジネスクラスの乗れるほど財布に余裕がおありのようですね。どうぞお心にも余裕をお持ちくださいませ」

というもので、そこにはなかなかに殺伐とした雰囲気が漂っていた。
なんて余裕のない世の中だ、と思った。

 

 

9月×日【命名 避けたい漢字 大人のオモチャ】

友人に子どもが生まれたので入院している産婦人科へお祝いしにいく。

友人は子どもの名前を何にしようか悩んでいた。
アドバイスを頼まれたのだが、これが難しい。ちょっと個性的な名前をつけようものなら、すぐさま「それはキラキラネームだ」と揶揄される時代である。

「聖闘士星矢」
「硝子ノ仮面」
「進撃ノ巨人」
「東京泥豆煮異卵怒(東京ディズニーランド)」
「東京泥豆煮異歯異(東京ディズニーシー)」

など、友人が好きなものを参考にした名前を提案したが、「それはキラキラネームだ。いや、もうキラキラネーム以上だ。キラキラキラキラネームだ」とすべて却下された。

友人の話によると、人名には「使うのをなるべく避けるべき漢字」がかなりの数、存在するらしい。さっそく「命名 避けたい漢字」でグーグル検索。

で、驚いた。

色んな人がてんでばらばらなことを言っているのである。
「愛」や「幸」は漢字の成り立ちがポジティブなものではないので使うべきではない、と主張する人もいれば、やれ動物を表す感じはダメだ、やれ一文字の漢字はダメだ、季節感のある漢字はダメだ、植物関連もダメだ、鉱物系もダメだ、このゲームは3人用だからのび太はダメだ、とにかくダメだ、とダメだしのオンパレード。

このままでは「国語辞書に載ってる漢字は全部ダメだ」と言い出しかねない勢いである。ちなみに僕は本名が「草平」という名前なので「植物関連はダメなのか…」と軽く鬱が入った。

また、とあるサイトでは「意味がネガティブなので人名には避けたい漢字」の一覧が載っていて、そこには「悪」「血」「罰」「死」「狂」「汚」「脳」などの漢字が並んでいた。サイト上が工業高校の外壁のスプレー落書きみたいなことに。ダークな漢字たちを眺めているだけでさらに鬱が入った。

そんなことをしているうちに、病室に友人のお祖母様が訪ねてきた。

お祖母様は生まれたての孫を抱きかかえ、あやすなどし、「かわいいねえ。赤ちゃんは、大人のオモチャだねえ」という、聞いている側としては実に釈然とないコメントを残して帰っていった。

産婦人科を出たあと、念のため「大人のオモチャ」で画像検索をしたが、当然ながら赤ちゃんの画像は一件もヒットしなかった。

*本連載は毎月第1第3水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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