「何度やられても、諦めなければ負けじゃない」デビュー22年でIWGP頂点に立った後藤洋央紀の大逆転人生
■22年目でやってきた大チャンス
2025年の東京ドーム大会の本戦に、後藤の試合は組まれなかった。エントリーしたのは第0試合の「ニュージャパンランボー」である。試合形式は1分ごとに選手が入場してくる時間差バトルロイヤルだ。本来であれば、大きな話題になることなく終わるはずであった。
しかし、グレート-O-カーンが「ニュージャパンランボー覇者にIWGP世界ヘビー級選手権に挑戦させろ」と要求。新日本プロレスが認めたことでいつものお祭り気分は吹っ飛んでしまった。
「これはチャンスでしたよね。これを絶対に掴んでIWGPに挑戦するんだって気持ちでリングに向かいました。その前からお客さんからも『後藤行ける』という後押しがずっとあって、自分の中でも、すごく充実した気持ちが続いていたんです。このエネルギーが生まれたのは自分だけじゃなくて、お客様からもらったものだと思います。だからどうしてもチャンスを逃したくなかったですね」
後藤は見事に「ニュージャパンランボー」で優勝。ようやく、9年ぶり9回目のIWGP挑戦権を手に入れた。9回目の挑戦が決まった後、後藤はこんなコメントを残している。
「俺の格好悪いところはみなさん散々見てきてるだろうし、今は無理して格好つける必要もない」
少しずつ自然体になっていた。自分のファイトスタイルや考え方に変化があったのか? と尋ねると。
「考え過ぎなくなりましたね。昔は『こうでなきゃ』とか『自分はこういうプロレスラーなんだから』というこだわりがあったんですけど、今は割と自由にやらせてもらっています。周りにどう思われるか気にしていた時期もありましたけど、今はどう思われようがいいやって感じですね。そんな風に思えたのは、自分からSNSやインタビューなどで発信できるようになったのが大きいかな。『作られた自分』じゃなくて『素の自分』を見せることができるから、リング上でも自分の思うがままにいられる要因じゃないですかね」
呪縛から解けた後藤は、2月11日大阪府立体育会館で9年ぶり9度目のIWGP戦へと向かう。入場ゲートをくぐった挑戦者は割れんばかりの「後藤コール」で迎えられた。
「あのコールは本当に自分が目指していた光景です。あれが聴きたくてプロレスラーになったようなものですよ。あの日は俺の夢が叶った瞬間でした」
試合序盤は王者のザック・セイバーJr.が得意のグラウンドへ持ち込み、苦戦を強いられる。後藤は何度もチャンピオンの関節技を食らうもギブアップだけはしない。
しかし、徐々に攻勢に転じていった後藤は、ラリアットを決めると一気に勝負へ出た。しかしザックはこれを耐え抜き丸め込みで逆転を狙う。後藤は何とかキックアウトすると、再びラリアットから得意技を連発で決めて3カウントを奪取。遂に9回目の挑戦ではじめてIWGP世界ヘビー級のベルトを手に入れた。

試合後、後藤はリング上で雄叫びをあげた。
「今日の勝利を亡き父に捧げます。知ってる方もたくさんいるでしょうが、俺は馬鹿です。長男でありながら、家業を継がず……。そんな俺でも諦めなければチャンピオンになれるんです。親父、獲ったぞ!」
ファンは再び「大後藤コール」で、ベルトを巻いて花道を帰る新チャンピオンを祝福した。
「もうね、コールを聴きながら色んな人の顔が浮かんでくるんです。親父もそうですし、長く応援してくれたけど亡くなった方もいますので、その人たちの顔がね。本当に見せてあげたかった。何かこみあげてくるものがありましたよ」
遂に団体の頂点へと上り詰めた後藤に新たな想いも湧き上がってきた。
「新日本プロレスを、これから俺が引っ張っていくんだっていう責任感が芽生えましたね。それと、もっと上に持っていくという感覚が不思議と出てきました。今まで色んなベルトを巻いてきましたけど、IWGP世界ヘビーのベルトは他とは違いますね。やはり新日本を象徴するベルトですから反響も大きいんですよ。色んな人から声をかけられるし、プロレスをあまり知らない人からも『おめでとう』って言われるんです。そういう経験をすると『俺がもっと頑張らないとな』って使命感が出てきましたね」
■「諦めなければ負けじゃない」
何度も苦しんできた後藤洋央紀。デビューしてから22年経って団体の頂点に立ったのは、新日本プロレスの歴史でもはじめての存在と言える。期待されてはいたが、何度も裏切ってしまい、周りの評価も変わっていく。それにもがき苦しんできた。ファンからも揶揄される事もあったが、少しずつ地道に変えていった。ベルトを巻いた今だからこそ、当時の後藤洋央紀へ送る言葉はあるのだろうか。
「カッコつけなくていいんだよって事ですかね。ベルトを獲れなかった頃とか挑戦できない時って、やっぱりカッコつけていたんです。見え方ばっかり気にして自分が出せていない。それで周りからイメージを作られる。それを自分で修正すらできない。一言でいうとドツボにハマっていましたね」
最後に同年代である氷河期世代へメッセージをお願いしてみた。
「常に前向きに。マイナスにならずにいて欲しいですね。年齢とか気にしないで自分のやりたいことを貫いていけば、いつか周りも納得してくれます。とにかく『自分を貫き通す』というのを大切にして欲しいなと思います。いくらやられても、諦めなければ負けじゃないんです」
「諦めなければ負けじゃない」シンプルな言葉だが、22年の長い道のりを経て夢を掴んだ45歳の王者が放つと、ズシリと重かった。後藤洋央紀のように生きられるか、自分自身に今問いかけている。
取材・文:篁五郎