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第63回:「うさぎの名前」

<第63回>

12月×日

【「うさぎの名前」】

 

昔、うさぎを飼っていた。

うさぎというのは飼ってみるとわかるのだが、全然面白くない。「釣りバカ日誌」よりも面白くない。

まず、無表情である。なにを考えているのかわからない。死刑が迫っているのか、というくらいに、表情がない。

そして、なつかない。犬でも猫でも餌を求めるときくらいは飼い主のそばにすり寄ってくるものだが、うさぎはそういったことを一切しない。どんなにお腹が空いていようとも、こちらに対して媚びることなど一切しない。他人のような距離感がそこにはある。

さらに、よく見ると、あまり可愛くない。うさぎはパッと見はプリティな存在であるが、近づいてじっと見ているうちに、ただの耳の長いネズミであることに気が付く。

極めつけは、鳴き声の気持ち悪さである。ペットショップの店員さんに「うさぎって実は鳴くんですよー」と教えられ、「みゅうみゅう」とか「きゅううん」とか「ごめん、起こしちゃった?エプロン借りてるね。お味噌汁できるまで寝てていいよ」とか、そういった可愛い鳴き声を想像していたのだが、実際には全然違った。小さい声で、「ぐえ」とか「おえ」とか鳴くのである。鳴き声というより、完全にえずき声である。真っ暗なリビングの中で時折「ぐえ」という鳴き声が聴こえてくるのは、ホラーでしかなかった。

そんなうさぎに対して全然愛着が湧かず、僕はいつまでもうさぎに名前を付けられないでいた。

で、そんなうさぎは、ある年の12月に寿命を全うして死んだ。冷たくなったうさぎを抱きかかえて、もっと生きているうちに可愛がってやればよかったと、僕はうさぎに対して申し訳ない気持ちになった。変な話だが、死んで初めて愛着が湧いたのだ。

なによりもせめて、名前くらいは付けてあげるべきだった。

いまでも12月のこの季節になると、名前もなかったあのうさぎのことを思い出す。

あのうさぎには、どんな名前が似合っていただろう?どんな名前を付けてやるべきだったのだろう?うさぎのことを考えながら、薄い後悔を噛みしめる。

PCを前にうさぎのことを想いながらだらだらとネットサーフィンをしているうちに、「ペット 名前」と検索エンジンに打ち込んでいる自分がいた。そして「ペットの名前作成ツール」というサイトに辿り着いた。簡単な質問に答えるだけで、そのペットに合った名前を自動的に作成してくれるサイトである。

僕は今さらながらも、死んだうさぎに名前を付けてやりたくなった。死んでなお、飼い主である僕の記憶の中で名前のない、うさぎ。あまりに不憫である。ここはひとつ、そのサイトで死んだうさぎが名付けられるべきだった名前を、探ってみることにした。遅い弔いの意味もあった。

まず最初の質問は「男っぽい名前にしたい?」。ここは当然、YESである。あのうさぎは、オスのうさぎであった。

続いて「奇抜な名前でもいい?」。ここはNOである。死んだうさぎに対しては、真摯な気持ちで向かい合いたい。変な名前など付けてはならない。

そのあとも、「そのペットは身体は大きい?」や「癒し系?」などといった質問に答えていく。そしてついにうさぎの名前が導き出された。

「平将門」。

そこにははっきりと、「平将門」と示されていた。

あのうさぎの名前は、「平将門」だったのである。

うさぎに名前を付けなくて、色々と正解だったと思う。

 

 

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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