自衛隊を美化してはいけない

 

小林 そういう話を聞くと、「海行(ゆ)かば」を思い出しますね。海行かば水漬(みづ)く屍、山行かば草行(む)す屍。天皇のためにそうなっても自分はかまわない、という感覚。昔の兵隊たちがみんなそういう覚悟で戦地に行ったかどうかはわからないけども。

伊藤 それをあまり美化して欲しくはないんです。なぜかと言うと、美化されるとそういうことに不向きな人も行ってしまう可能性があるんですね。もちろん自衛隊はみんな「この身体を使ってください」と志願して入隊するんですが、やはり本当に体を張るような厳しいオペレーションには向き不向きがあるんです。だから、体が粉々になるような任務にはちょっと頭がイッちゃってるような特別な人生観の持ち主を集めて、民間人にはやらせられないレベルの危険な仕事はふつうの自衛官にやらせる。能登半島の事件のとき、そうやって役割を分けたほうがいいと痛感し、特殊部隊を創設すべきと思いました。「草行す屍」みたいなものを美化しすぎると、不向きなのに努力してそうなろうとする人たちが出てくるでしょう。これは悲劇ですよ。動物の世界にも、群れが襲われたときに自ら犠牲になって仲間を逃がすような個体がいるじゃないですか。そういうDNAを持つ人間は必ず何パーセントかいるので、厳しい任務はそちらに任せればいい。

小林 今の時代に、そういう任務に向いてる人って、そんなに大勢いるんですか? 戦前は戦闘意欲の高い人間がたくさんいたかもしれないけど。

伊藤 生まれつき持っている本能みたいなものですから、時代によって割合が変わるものではないと思います。むしろ時代によって変わるのは、美化に酔っちゃう人。本当は向いていないのに、自分で自分に「向いている」と言い聞かせてしまう人は、時代によって増減するでしょう。

小林 本能だけでなく、教育によっても変わるんじゃないかな。わしは今、SAPIOで連載中の『大東亜論』で、明治初期に自由民権運動を起こした元武士の姿を描いてるんだけど、もともとは武士だから、あまりにも簡単に命を捨てようとする奴が大勢いて、言論での戦いに頭を切り換えるのが当時は大変だったんですよ。それまでは武力で政府を倒す発想が当たり前だったから。武士の場合、美化して酔っているのではなく、死に対する感覚が現代人とはまるで違うんです。これは、武士道に象徴されるような教育によるものだと思うんですよ。

伊藤 たしかに、武士の血というのはあると思います。その血というのは、単なる遺伝ではなく、代々続いてきた英才教育かもしれません。

小林 だとすれば、今は「公」のために死ぬという感覚が失われた時代ですよね。もう武士のような英才教育はないから、本能として国や公のために戦うことを自ら志願する人にお願いするしかない。でもそれはものすごく少ないでしょう。世論調査を見ても、今の日本人は大多数が「戦争になったら逃げる」としか答えませんよ。

(第3回に続く)

 

 
小林よしのり
こばやしよしのり。1953年福岡県生まれ。漫画家。1976年、大学在学中に描いた『東大一直線』でデビュー。以降、『おぼっちゃまくん』などの作品でギャグ漫画に旋風を 巻き起こした。1992年、社会問題に斬り込む「ゴーマニズム宣言」を連載開始。1998年、「ゴーマニズム宣言」のスペシャル本として発表した『戦争 論』(幻冬舎)は、言論界に衝撃を与え、大ベストセラーとなった。現在『SAPIO』にて連載中。近刊に『大東亜論』第一部・第二部(小学館)、『民主主義という病い』(幻冬舎)、『ゴーマニズム戦歴』(ベスト新書)などがある。

 

 
伊藤祐靖
いとうすけやす。1964年東京都生まれ、茨城県育ち。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件に遭遇。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら、私塾を開いて、 現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『とっさのときにすぐ護れる女性のための護身術』、国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動 』(文春新書)がある。