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岸見一郎・独占インタビュー「人間の価値は、働いているかどうかとは関係ないのです」

アドラー心理学の第一人者が語る、幸せに生きるために働くことのヒント 第3回

「働くこと」は生きることとほとんど同義である。一方で、世の中には働かない人、働けない人もいる。「働くこと」の意味を探るために、「働かないこと」にスポットを当ててみよう。

 「アドラー心理学」という言葉を、最近知ったという人は多いだろう。オーストリアの心理学者・精神科医であるアルフレッド・アドラー(1870-1937)は、海外ではフロイト・ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるほどメジャーな存在である。平易な言葉で説かれるシンプルな理論は当時から人気があり、現代に至るまで多くの思想家や実業家に影響を与え続けている。
 アドラー関連の一般書が初めて出版されたのは、1999年(『アドラー心理学入門』岸見一郎、KKベストセラーズ)。その後、翻訳本が次々と出版されるが、ブームのきっかけは2013年、『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健、ダイヤモンド社)が大ヒットしたことだ。以後、アドラー関連本が急増し、アドラー心理学の名をメディアでもよく目にするようになった。そんななか、第一人者である岸見氏が新たに『アドラーに学ぶ よく生きるために働くということ』(岸見一郎、KKベストセラーズ)を著した。
 誰もが関わりのある「働く」という問題に、アドラー心理学はどのような答えを出すのか? 「よく生きるために働く」とは、どういう意味なのか?
 働くことを楽しく思えない人、働けないことに悩んでいる人、上司や部下との関係に悩んでいる人。彼らが「よく生きる」ためのヒントを、岸見一郎氏に語ってもらった。

誰でもいつかは働けなくなる

―新著『アドラーに学ぶ よく生きるために働くということ』では、「働くこと」の意味を考える一方で、働けない人、働かないことについても紙数を割いていらっしゃいますね。なんらかの理由で働けず、収入がない人が、「自分には価値がある」と思うのはなかなか難しいのではないでしょうか?

 私がある精神科クリニックのデイケアで働いていた頃の話です。そこには心の病気を抱えた患者さんたちが毎日50人くらい通ってきていました。週1回、みんなで料理を作るプログラムがあり、まず買い物をするのですが、買い物についてくるのはたった5人ほど。50人分の材料を5人で買い物するのですから、それは大変です。
 帰ってきてから「みんなで料理をしましょう」と言っても、手伝うのは15人ほど。他の人はどこかで休んでいて、料理が完成し、さあ食べようという段になると集まってくる。しかし、そういう「働かない人」を、誰も責めたりはしません。

―普通だったら、ちゃんと働いた人から文句が出そうですよね。なぜなのでしょう?

 そこでは、誰もが「明日は自分が働けなくなるかもしれない」と思っているからです。今日は元気だから働ける。だけど明日はどうなるかわからない。だったら、働けるうちは働こう。そんなふうに思っているから、調子が悪くて働けない人を責めることはないのです。むしろ「働けない人の分も働こう」と思っています。もちろん、「自分が働いた分をあとから返してもらおう」などとは思いません。

―「働けない人の分も働こう」などと思えたら、素晴らしいとは思いますが、実際には難しそうです。

 でも、高齢になれば誰でも身体が思うように動かなくなり、働けなくなります。子どもも、働けません。病気や障害があって、一生働けない人もいます。だからと言って、そういう人たちを責めようとは思わないでしょう。人間の価値は、働いているかどうかとは関係ないのです。

―自分もいつか、働けない人になることを思えば、お互い様ということですね。わかっていても、つい生産性に重きを置いてしまう人は多いでしょうね。

 子どもが何か主張すると、「自分で稼いでから言いなさい!」などと言う親は多いですね。子どもの頃、そう言われて悔しい思いをしたのに、自分が親になるとすっかり忘れて同じことを言ってしまうのです。

―「稼ぐ」と言えば、家事労働は収入にならないから、家事を主に行う人は軽視されがちです。

 私は30代の頃、非常勤講師をしていたので、よく家事・育児をしていました。大学院生のときは、母の介護のため3か月間病院でつきっきりでした。40代のときは自分が大病を患い、長期間入院を余議なくされました。やっと元気になって働けると思ったら、今度は父の介護が始まりました。
 そういうわけで、私が妻よりも経済的に優位だったことは、この30年間、ありませんでした。

―妻のほうが収入が多いと、卑屈になる男性は多いと聞きますが、先生は卑屈になりませんでしたか?

 私は最初から、生産性に人間の価値を見出していませんでした。それよりも、私にとっては、子どもや親と密接に関わることのほうが、よほど大事なことでした。子育てに関われたのは定職に就いていなかったからであり、母の看護も学生だったからこそできました。親や子どもと密接に関われる立場だったのは幸いでした。
 今は病気もずいぶんとよくなり、仕事ができる条件も整ったので、一所懸命に本を書く仕事などをしています。多少収入があるようになったら、娘がこう言うのです。「お父さん偉いな。全然変わらへん」(笑)。お金くらいで人の価値が変わるはずはありません。そのことを、私は30年間家事や育児、介護をして、身をもって経験してきたのです。

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