適菜 藤井さんと直接喧嘩したんじゃないんですね。

中川 翌日、藤井さんから電話があり「申し訳ありません」と言われました。要するに、秘書が勝手に藤井さんのことを「こんなバカを相手しても先生の株が下がるだけですぅ!」って慮(おもんばか)って、動いたんですよ。

適菜 時期的にはいつぐらい?

中川 まさに大阪都構想の選挙の直前ぐらい。

適菜 ああ。私も都構想には絡んでいて、ピリピリしていた頃です。私は産経新聞がやっている「iRONNA」というサイトが、維新に有利になるようなむちゃくちゃな編集をしてきたので、原稿を引き下げた。細かいことは他にもあるのですが、それは藤井聡さんとの共著『デモクラシーの毒』の中で述べました。結局その原稿は『日刊ゲンダイ』のウェブ版に載せましたが。

中川 今日は喧嘩をするという話なんですかね。あと、『嫌われる勇気』どころじゃなくて、「積極的に嫌われよう」で。

適菜 嫌われるのも面倒ですけどね。

中川 世の中なんてくだらない人間しかいないわけだから、別にそいつらから99%嫌われて、1%の超仲いいやつがいればよくないですか?

適菜 そうですね。どうでもいい奴に嫌われるのは、別に構わないですね。

中川 どうでもいいですよね。

適菜 ただキ◎ガイに嫌われると面倒くさい。誰とは言いませんが。保守系雑誌でものを書いている奴でも、変なのは多いでしょう。旧仮名で文章書いているバカがいて、それを現仮名に直すと、小学生レベルみたいなのとか。

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