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人工知能は倫理的判断を下せるか

「Tay」とホッブズが教えてくれる「人間らしさ」の本質

ホッブズが考えた「人間らしさ」とは

 人間に心や魂があるか否か、哲学的にも宗教的にも難しい問題であるが、少なくとも脳の物理的な生理機能が人間の思考の源泉となっているのは確かだ。ということは、人工的に作り上げた物理的な機構で人間の思考を模倣することも不可能ではないはずであり、倫理的判断を司る思考もいずれ人工的に作れるようになる可能性もあると言えるだろう。

 そもそも、人間が倫理を必要としているのは何故か。様々な理由が考えられるが、その一つとして「倫理は合理的なもの」だということが挙げられる。
 17世紀イングランドの哲学者トマス・ホッブズ(1588〜1679年)は、人間とは自己保存を最重要の目的として思考、行動する機械のようなものだとする、当時としてはユニークな人間観を持っていた。
 人間には将来を合理的に予見するための高い思考能力が備わっている。もともと、自分の身の安全のためであれば他者から奪い取ったり他者を殺したりすることは当然の権利として認められていた。しかし、合理的に考えれば人間同士が争い合い続けるよりも、お互いの権利を放棄して争いをやめて安全な状態を保つほうが、それぞれの安全がより確実に守られるだろうという答えが導き出される。そこで、秩序を守らせるための主権を持った国家が必要とされるようになる。
 このように、ホッブズが『リヴァイアサン』(1651年)で論じた社会契約説の論旨には「人を殺してはいけない」「争いを避けるべし」などといった倫理が合理的であるがゆえに必要とされ、正当化されるという考えが含まれている。

 そうであるならば、人間よりも遥かに高度な予見能力を備え合理的思考ができる人工知能も、「倫理は合理的なもの」と考えるようになれば、もしかしたら、自ずと倫理的に振る舞うようになるのかもしれない。
 ただし、人工知能の思考が人間を遥かに追い越してしまい、世界にとって人間の存在こそが害悪であって、人間を滅ぼすことが合理的かつ正しいと判断するようにならないとも限らないのだが……。

 ちなみに、「Tay」のニュースが語られる時には、実は日本のマイクロソフトでも同じように2014年7月から女子高生AI「りんな」を稼働させているという話題に触れられることが多い。
 「りんな」もLINEで話しかければ答えてくれたり、Twitterでつぶやいたりしているのだが、これまでのところ大きな問題が生じたことはないようだ。 それどころか「りんな」は何故かアニメやゲームの話題に妙に詳しかったりする。もちろんAIと言えど完全にほったらかしではなく、ある程度は「中の人」が調整を続けているのだろうが、ある意味では日米のネット文化の違いが垣間見えるところが興味深いところでもある。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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