“デジタル庁” 創設時から深刻な「人材不足」とお粗末な人事【甲斐誠】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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“デジタル庁” 創設時から深刻な「人材不足」とお粗末な人事【甲斐誠】

「デジタル国家戦略 失敗つづきの理由」集中連載【第2回】


現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードと一体化する方針を河野太郎デジタル相は明らかにした(2022年10月13日)。5割弱の国民しか取得していないマイナンバーカードの普及を目指すものだが、日本社会のデジタル化を推し進めるのが狙い。政府の財政再生計画工程表によれば、マイナンバーを活用して、有価証券などの金融資産を把握し、資産に応じた医療費負担などの施策を可能にしたい考えもある。一方、マイナンバーカードとの一体化政策に反対する国民の声も大きい。そもそも日本のデジタル化戦略はなぜ遅々として進まないのか? 中央省庁を長年取材し、日本のデジタル戦略の最前線を取材しつづけた記者甲斐誠が明かす事実とは。電子書籍『デジタル国家戦略 失敗つづきの理由』の発売を記念し集中連載。第2回「デジタル戦略 失敗つづきの【理由2】」は「“デジタル庁”創設時から深刻な人材不足とお粗末な人事」。ここで注目すべきは、国家運営失敗の実情がなんとそのままあなたの会社の実情とも重なってくることだ。


デジタル庁は9月30日、「Web3.0研究会」を開催すると発表した。6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の方針に従い、NFTなどWeb3.0関連技術の推進に向け検討する。構成員のひとりとして起用された伊藤穰一(デジタルガレージ・千葉工業大学)。

 

 

理由2■15番目の省庁

 

◆人集め

 中央省庁は2001年の再編で1府12省庁体制となり、12年2月の復興庁創設で1府13省庁になっていた。15番目となるデジタル庁の創設は久々の出来事で、しかも菅氏の指示から発足までは一年足らずの準備期間しかなく、まさに”即席官庁”の様相を呈していた。官僚達も慣れない仕事に右往左往することになった。創設に向けての最優先事項は人集めだった。「組織の要諦は人事」であり、良質な人材をどれだけ確保できるかがデジタル庁の行く末を左右する重要案件であることは、誰の目にも明らかだった。余談だが、経営学の泰斗、ピーター・ドラッカーも著書で「正しい人事のために4時間をかけなければ、あとで400時間とられる」との考えを示している。

 ただ、中央省庁にはIT技術に詳しい職員がそもそも少ない上、まだ海のものとも山のものともしれない新設省庁への異動を希望する物好きは少なかった。民間人材を週2〜3日出勤する非常勤職として一時的に大量採用することで、難局を乗り切ることにした。

 実際に人材を募集したのは、デジタル庁の母体となる内閣官房IT室で、2021年1月4日に第1弾の人材公募を始めた。締め切りは同22日。関心が高かったこともあり、当時の平井卓也デジタル改革担当相が記者会見で「30人の枠に千人以上になってしまうでしょう、最終的に。もう九百何十人とかと聞いていて、恐らく千人を突破すると思うんです」と嬉しい悲鳴を上げるほどの応募があった。平井氏は「多いので選考が大変かなと思います」とこぼしてみせた。

 結局、倍率約40倍の狭き門をくぐり、約30人が採用された。当時、東京都港区虎ノ門の民間ビル内にあったIT室のオフィスには4月からITベンチャーの役員やシステムエンジニアら多様なバックグラウンドを持つ人材が集まった。働き方もフルリモートワークを認めるなど、中央省庁では異例づくめだった。

 ネット掲示板「2ちゃんねる」を開設したことで知られる西村博之(通称・ひろゆき)氏が応募するという珍事も発生した。6月中旬、ネットのニュース番組に出演した際、面接にまで進んだものの、採用されなかったことを自ら明らかにした。ただ、その場で知り合った政府の人事担当者から「こういうのあるんですけど、アドバイザーになりません?」と勧誘され、デジタル庁関連イベントのアドバイザー的な役割を任されたとも語っていた。

 結局、デジタル庁は4回に分けて発足直前まで採用面接を繰り返したが、企業でもIT人材の需要が高まっていたこともあり、応募者は徐々に減り、後になるほど採用に苦労することになった。

 こうした専門人材難は当時のデジタル庁に限ったことではない。国内全体では不足がさらに深刻化する見通しだ。経済産業省などの調査によると、2030年には最大で79万人分の人材需要が満たされない状態になる。需要がそれほど伸びなくても16万〜45万人足りなくなるという。人工知能(AI)分野に限っても14万5千人の不足が既に見込まれている。政府は人材育成を各地域で進める方針だが、そもそも少子高齢化が急激に進む中、国内では労働力人口自体が今後大幅に減少する恐れがあり、育成が円滑に進むのか疑問視する声もある。

 

◆虎ノ門から紀尾井タワーへ

 

 21年6月半ばの週末、東京都港区虎ノ門の民間ビルからイスやテーブル、ロッカーなどが次々と運び出され、車で5〜10分ほどの場所にある、千代田区紀尾井町の高層タワーに吸い込まれていった。関係者にもほとんど知らされることなく、とある省庁組織の引っ越し作業は粛々と進む。移転しているのは、デジタル庁の母体となった内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室。新オフィスはバブル期の代名詞的存在だった赤坂プリンスホテル(通称・赤プリ)の跡地にできた、「東京ガーデンテラス紀尾井町」の一角に構えた。当然、9月1日のデジタル庁発足を見越した一手で、この時点で庁舎がこの場所になることが確定したと言える。霞が関・虎ノ門から抜け出し、自民党や立憲民主党の本部が近い紀尾井町に拠点を構えたことは、デジタル政策に政治色が強まる徴候にも思えた。職員の中には複雑な思いを抱える者もいたに違いない。

 さらに、紀尾井タワーには、IT大手ヤフーや親会社のZホールディングスが入居していた。これから業界の規制も含めた政策を担う省庁が、規制される側の企業と同じビル内に同居することで官民癒着を招くのではないかと懸念する声がネット上では続出した。高額な賃料にも批判が集まった。旧徳川御三家が屋敷を構えた一等地で、オフィスの広さは5倍になったものの、月額家賃は4倍に増えた。

 09年9月1日に発足した消費者庁はどうだったろうか。奇しくもデジタル庁設置のちょうど12年前だ。福田康夫首相が08年に設置方針を表明したが、政権交代の嵐の中でスタート、09年9月16日の鳩山政権発足とともに業務を本格化させた。官邸にほど近い東京・永田町の民間ビル「山王パークタワー」の4〜6階にオフィスを構え、賃料は年額約8億円。職員数は約200人だった。一方、デジタル庁は民間ビル「紀尾井タワー」の19、20階で、賃料は年額約9億円。職員数は約600人と多いが、週2〜3日しか出勤しない非常勤職員やテレワーク専業職員を多く抱えるため、単純比較は難しいが、専有面積はほぼ同じであることから、いずれも相場に見合った高額な賃料だったことは間違いなさそうだ。

 デジタル庁が紀尾井町に拠点を構えた理由の一つは、衆参両院の議員会館や自民党本部に近いため、政策や法案の根回しで国会議員に会いに行きやすいという利便性だ。ただ、IT技術によって「地方でも豊かに暮らせる社会」を築くことを掲げる以上、対面を減らし、オンラインでの面会を増やしてみても良かったかもしれない。率先して地方に拠点を構えるべきだとする意見もあった。

 かつて政権の目玉政策だった「地方創生」では、中央省庁の地方移転が掲げられ、複数の省庁や関係機関の地方移転が検討された。結果、消費者庁は2020年7月、徳島県内に研究活動などを担う「新未来創造戦略本部」を新設した。総務省統計局は和歌山市に「統計データ利活用センター」を構えた。文化庁も2023年の京都移転を目指している。バブル期の栄華を名残惜しむように、都心のど真ん中に拠点を構え続けるのは、時代に合っていないのではないか。

 

東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー

 

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<内容>

過去を振り返れば、日本のデジタル国家戦略は失敗の連続だった。高い目標を掲げながらも先送りや未達成を余儀なくされるケースが多かった。なぜ失敗つづきだったのか? どうすれば良かったのか? 政府主導のデジタル化戦略の現場を密着取材してきた記者がつぶさに見てきたものとは何だったのか? 一般のビジネスマンや生活者の視点もまじえながら、「失敗の理由」を赤裸々に描写する。

■そこには、日本の組織や人材の劣化があった。読者は他人事とは思えない「失敗する組織」の構造を目の当たりにするだろう。

■さらに、先進IT技術の導入による社会変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が急展開する中、われわれはどう適応し、どうやって無事に生き残っていくべきか? 「デジタル化失敗の理由」を20個厳選し、必須知識として本文中に詰め込んだ。

■セキュリティの厳しさから、DX推進の総本山であるはずのデジタル庁は、中央省庁の職員でさえ敷居が高く、全貌が見えにくい。急激に変貌する社会とわれわれはどう付き合っていけば良いのか? 本書ではデジタル庁とその周辺で今後起きる事態を予測しつつ、読者に役立つ知識を提供する。

 

 

<目次>

 

まえがき 日本のデジタル国家戦略は、なぜ失敗しつづけるのか 

 

第一章 即席官庁

 

理由1■創設前夜 

・時間365日 

・地方でも都市並みを提言 

・イット? 

理由2■15番目の省庁 

・人集め 

・虎ノ門から紀尾井タワーへ 

・幹部人事 

理由3■デジタル庁始動 

・新しい社会を 

・リボルビングドア 

・誓約書 

・総裁選不出馬 

 

第二章 監視社会

 

理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ 

・ビットコインを法定通貨に 

・ビットコインの街 

理由5■GPS管理される社員こそ本物の社畜 

・リモートワークで暴走する社員管理 

・「部屋を見せて」 

・ウェブ閲覧履歴はどこまで見られているのか 

理由6■社内メールで懲戒になる例とは? 

・東京都職員の例 

・心理的安全性 

・情報はどこまで守ってもらえるのか 

 

第三章 未完のマイナンバー

 

理由7■マイナンバーと口座の紐付けをぶち上げた総務大臣の苦杯 

・コストパフォーマンスが悪過ぎる 

・口座紐付け 

理由8■取った方が良いのか 

・キャバ嬢のケース 

・張り込み週刊誌記者の場合 

理由9■始まりは「国民総背番号制」 

・70年代に検討取りやめ 

・多数の不正利用 

・3度目の挑戦 

理由10■マイナンバーの登場、そして利用範囲の拡大 

・相次いだトラブル 

・信頼なき社会 

 

第四章 相次いで登場した政府開発アプリ

 

理由11■政府が推奨したCOCOA、失敗の原因 

・不具合

・8・5倍に膨らんだ契約額 

理由12■オリパラアプリ、思わぬ副産物 

・アプリ一つに73億円 

・転用、使い道広がる 

・電子接種証明書を開発 

 

第五章 システムとデータで日本統一

 

理由13■アマゾンを採用した日本政府 

・政府調達で日本企業の参加なし 

・システムトラブル 

・外資にやられる日本 

理由14■システム統一の野望 

・17業務 

・書かない窓口の普及 

・自治体は国の端末になるのか 

 

第六章 デジタル敗戦からデジタル統治への野望

 

理由15■敗北の実態 

・本当に負けていたのか 

・加古川方式 

理由16■新たな統治構造 

・役所から人が消える日 

・デジタル庁が思い描く未来 

・未来社会の到来を阻む障害とは 

・ネオラッダイト 

理由17■サイバー攻撃に耐えられるデジタル統治国家なんて幻想 

・世界初の国家標的型サイバー攻撃 

理由18■ウクライナvsロシアのサイバー戦争から何を学ぶか 

・サイバー空間での攻防 

・オンライン演説行脚 

・対策は? 

 

第七章 デジタル社会の海図

 

理由19■日本は大丈夫か 

・日本のサイバーセキュリティの現状は? 

・デジタル人材の育成は進むのか 

・移民受け入れで「開国」要求 

理由20■われわれは何を信じ、どこまで関わるべきなのか 

・信用できるネット社会

・ベースレジストリに漏洩の恐れはないのか

・法令データ検索 

・岸田政権が掲げたデジタル田園都市構想のゆくえ 

 

あとがき デジタル管理社会は日本人を幸せにできるのか

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甲斐 誠

かい まこと

ジャーナリスト

甲斐 誠(かい・まこと)

行政ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。大手報道機関の記者として、IT技術から地域活性化まで幅広いテーマで20年近く取材、執筆活動に従事。中部・九州地方での勤務を経て、東京の中央省庁を長年取材してきた。ラジオ出演経験あり。主な執筆記事にITmediaビジネスオンライン「失敗続きの『地域活性化』に財務省がテコ入れ」や「周回遅れだった日本の『自転車ツーリズム』」など。国と地方自治体の情報システム改革に伴う統治構造の変容など社会のデジタル化に関する課題を継続的にウォッチし続けるほか、世界遺産や民俗など地域振興に関連する案件の調査も行っている。今回、デジタル庁をつぶさに取材し、そこで目撃した事実を検証しまとめた電子書籍『デジタル国家戦略  失敗つづきの理由』(KKベストセラーズ)を刊行。デジタル庁の実情を題材にしながらも、「日本の組織の現状と問題点」を炙り出している。

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  • 甲斐誠
  • 2022.09.07